約 3,317,959 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1246.html
Report.10 長門有希の実験 ある実験が行われた。 日常接している人物がある日突然豹変したら、人間はどのような反応をするのか。 日頃との変化が大きい方がより有意な情報が得られるため、わたしが実験台に使用された。これから、わたしの性格が一時的に改変される。 Interface Mode Setup... Download High tension Yukky Database Extract High tension Yukky Database YUKKY.N CREATE TABLE Y.NAGATO AS SELECT * FROM YUKI.N INSERT Y.NAGATO SELECT * FROM YUKKY.N OPTIMIZE TABLE Y.NAGATO SELECT * FROM Y.NAGATO Starting High tension Yukky mode... は~い、ユッキーで~す♪ いやー、いつものわたしと違って、今はと~っても『ユカイ』な気分です。こんな調子でハルにゃんやみくるんに話しかけたらどんな反応をしてくれるのか、めっちゃ楽しみ!! え? キョンくんやいっちゃんの反応はどうでも良いのかって? 実はもう話しかけてみたんですよー。でもでも、あの二人、高校生のくせに、どっちもすっごく落ち着いてるって言うか、 『おやおや、これはまた「ユカイ」な長門さんですな。新境地を開拓でっか?』 【おやおや、これはまた「ユカイ」な長門さんですね。新境地を開拓ですか?】 『……「ユカイ」なお前も結構ええ感じやと思うで、長門。』 【……「ユカイ」なお前も結構良い感じだと思うぞ、長門。】 どんだけ適応力あんねん!! って思わず突っ込んでしまいましたよ。 まあ、いっちゃんは何度も修羅場を掻い潜って来たんだろうし、キョンくんも一般人でありながら身の回りで異常事態が頻発する環境に晒されてるし、不思議なことに慣れっこになってるのかもねー。 鶴屋さんには、 『あっははははは!! 有希っこ、サイッコー!! あっはははははは!!』 爆笑されつつも、すんなりと受け入れられたみたい。この人も包容力あるなー。 キョンくんの妹ちゃんに至っては、 『えへへー、ユカイな有希っこ、楽しー! 一緒にあそぼー!』 この子もハイテンションだからなー。思わず日が暮れるまで一緒に遊んじゃいましたさ。 ちなみに口調だけじゃなくて、声も普段よりかなり高くなってます。結構キャピキャピしてるかな。 さてさて。 そんなわけで、わたしの数少ない交友関係(泣)で、反応を見ていない人は、あと二人。本命ですね。もちろん情報統合思念体的には、本命はハルにゃんだけど、わたし的にはみくるんの反応が一番見てみたいんだよねー。 ハルにゃんとは、まあそのいろいろあって、イロイロエロエロしちゃった関係なんだけど、みくるんとは、まだお近付きになってないんだ。 何か、みくるん、わたしのこと、苦手そうにしてるしね。自分で言うのも何だけど、普段のわたしって、それはもう取っ付き辛いったらないよね。まったく、なんでこんな性格に設定したんだか。責任者出て来ーい! なんてね。 それにハルにゃんの場合、元のあたしでも既に違う一面を見せてるから、もう今回の実験の趣旨は達成されてるとも言えるんだよね。 それはもう、面白かったよー。スプーン取り落としたり、意識がお花畑に飛んでいって三途の川を渡る準備をしたり。 だから、こんなユカイなわたしを見ても、意外と普通な反応されそう。鶴屋さんみたいな感じかな? よし、極(き)めた、じゃなくて決(き)めた! 今回の本命はみくるん! ユカイなハイテンションユッキーで押し切って、一気に仲良くなっちゃおう! ん? 江美里から入電だ。はいはーい! 『わ……情報としては伝わってましたけど、いざ実際に対話すると、すごいですね。普段とのギャップがありすぎて戸惑います。』 ふっふー。萌えるかな? かな? 『さあ、それはわたしには分かりかねるので、コメントは差し控えさせていただきます。それより涼宮さんですが、今日は所用のため、このまま帰るみたいですよ。』 そっかー、帰っちゃうのかー。みくるんは来るのかな? 『朝比奈さんはまだこのことを知らないので、そのまま部室に向かってますね。他の二人は涼宮さんに出会った時に、その場で伝えられたみたいですね。帰ってます。』 じゃ、みくるんにはわたしから伝えてあげないとね。ちょうど良いや。連絡ありがとねー、えみりん。 『えと、えみりんて……と、とにかくそういうことなので。』 えみりんの困惑した様子が目に浮かぶなー。りょーこちゃんだったらどんな反応するんだろうな。 そんな心に移りゆくよしなしごとをそこはかとなくログファイルに書き付けてると、みくるんがやって来ました。 「こんにちは……あれ? 今日は長門さんだけですか?」 「そう。涼宮ハルヒは所用で帰宅した。他の二人にもその旨は伝えられている。」 まずはいつもの調子で。独白も普段ぽくしてみる。 「そうですか……あ、もしかして長門さん、あたしに伝えるためにわざわざ残っててくれたんですか?」 「そう。」 「わ、す、すいません、ありがとうございます!」 今にも回れ右して帰りだしそうな朝比奈みくる。そんなにわたしと二人きりになるのが嫌なのだろうか。少し悲しい。 「よかったら。」 わたしは彼女を呼び止める。 「わたしと一緒に帰ってほしい。」 「ふぇ!?」 「実は、あなたに相談したいことがある。」 「あ、あたしにですかぁ!?」 「だめ?」 「え!? え、えと、その……」 そう言いながら、彼女は耳に手を当ている。未来からの指示を仰いでいるのだろう。そしてわたしは確信している。未来からの指示は、『おまえの思うように行動せよ。』 「未来からの指示?」 「否定も肯定もされませんでした……『お前に任せる』と。」 「そう。では、あなたの気持ち次第。」 「えと、あ、あたしでお役に立てるかどうか分かりませんけど、お話を聞きますね!」 「ありがとう。」 こうしてわたしは、まんまとみくるんを拉致……違う違う。わたしの部屋へ招待した。 「お茶を淹れる。待ってて。」 わたしはお茶を淹れて、こたつに持っていった。こたつに座って対面する二人。さて、話を切り出しますか。 「あなたに来てもらえて、嬉しい。」 「いえいえ、大したことでは。それで、相談というのは?」 「わたしは今、ある事情で、思考がとても『ユカイ』になっている。」 「『ユカイ』……ですか。」 「そう。普段のわたしからは想像もつかないほど。せっかくなので、あなたに披露して、どう思うか聞いてみたい。そして、これを機会に、あなたと仲良くなりたい。」 「えっ!?」 「あなたは、わたしと二人きりになることを極度に嫌っている。」 「あ、あたしはそんなつもりじゃ……!?」 「気にしなくていい。普段のわたしの態度では、仲良くしろと言う方が無理がある。」 そこまで言うと、わたしは、お茶を一口飲んだ。さあ、始めましょうか。 It s a showtime! ハイテンション・ユッキー、いっきまーっす! 「まあ、そう硬くならんとー。りらっくす、りらっくす♪」 【まあ、そう硬くなんないでー。りらっくす、りらっくす♪】 「!?」 おおー、早速目をまん丸にして驚いてる。うんうん、予想通りの反応ありがと、みくるん♪ 「要するにー、今のわたしは普段と違うわたしやから、もっと気楽に喋ってぇやーってこと。」 【要するにー、今のわたしは普段と違うわたしだから、もっと気楽に喋ってよぉーってこと。】 「ふ、ふええ!? な、長門……さん?」 「どうせやから『有希ちゃん』って呼んでぇやぁ、みくるちゃん。それともみくるんって呼んだ方が良い?」 【どうせだから『有希ちゃん』って呼んでよぉ、みくるちゃん。それともみくるんって呼んだ方が良い?】 「みくるんて……」 「ミ・ミ・ミラクル☆ ミクルンルン☆」 「いやぁぁぁぁぁ!! その話はせんとってぇぇぇぇぇ!!」 【いやぁぁぁぁぁ!! その話はしないでぇぇぇぇぇ!!】 おおっと、みくるんの意外な一面が。やっぱりあれ、相当堪えてたんだね。 「まあ、そんなわけで。いつものキャラは置いといて、本音でお話しよ?」 「ううう、何か、見透かされてる気がします……」 「まあまあ、わたしもいつもと違(ちゃ)うんやし。あなたと仲良くしたいっていうんも、ほんまの気持ちなんやで?」 【まあまあ、わたしもいつもと違うんだし。あなたと仲良くしたいっていうのも、ほんとの気持ちなんだよ?】 「なが……有希ちゃん……」 ひゃっほぅ、みくるんが『有希ちゃん』って呼んでくれたよー! なんかすっごくうれし――――!! それからみくるちゃんは、必死でわたしと二人きりになりたがらなかった理由を説明してくれたけど、割愛します。なんていうか、そうした方が良いような気がしたから。大事な友達のことだし、少しは胸の奥にしまっておいた方が良いこともあるよね。 要は、お互いが相手を悪くは思っていないってことが伝われば、それで良いのだ! で、分かったところで、新たな関係を築けば良い。人間の縁って、そんなもんじゃないかな。わたしは人間じゃないけど。 「それで、キョンくん、何て言(ゆ)うたと思う? 『……「ユカイ」なお前も結構ええ感じやと思うで、長門。』それだけ。あんたら、どんだけ適応力あるっちゅうねん!」 【それで、キョンくん、何て言ったと思う? 『……「ユカイ」なお前も結構良い感じだと思うぞ、長門。』それだけ。あんたら、どんだけ適応力あるっていうのよ!】 「あははは、キョンくんらしいー!」 話し始めてしばらくして。最初の緊張もどこへやら、二人はすっかり打ち解けました。みくるちゃんたら、目に涙浮かべて笑ってくれたよ。なんかもう、イジり甲斐あるなー。 「ねえねえ、有希ちゃん。今度一緒に買い物行かへん? あたしの知ってる……」 【ねえねえ、有希ちゃん。今度一緒に買い物行かない? あたしの知ってる……】 みくるちゃんからお誘い。わーい、デートデート、って、違ーう! ハルにゃんじゃないんだから。これは健全な、女の子同士のお買い物のお誘い! ありがたいけど、その頃にはもう、実験は終了して、普段の無口なわたしに戻ってるんだよねえ。……あれ、なんか、そう考えたら急に寂しくなっちゃった。どうしたんだろ。 「!? ゆ、有希ちゃん!?」 「なに~?」 「な、何(なん)で泣いとぉや……?」 【な、何(なん)で泣いてるの……?】 「え? あれ?」 ほんとだ、泣いてる。 「何(なん)でやろ、おかしいな。涙が……止まらへん。次から次へと……」 【何(なん)でだろ、おかしいな。涙が……止まらない。次から次へと……】 わたしの目には涙があふれ、止(とど)まる気配がありません。 「何(なん)で、うっ、何(なん)で涙が、ぐすっ、止まらへんの……ひくっ」 【何(なん)で、うっ、何(なん)で涙が、ぐすっ、止まらないの……ひくっ】 せっかくみくるちゃんと楽しくお話してたのに、これじゃまた嫌われちゃう…… 涙を止めなきゃいけないと思うほど、嫌われるんじゃないかという恐怖が沸き上がって、ますます涙が止まりません。完全に悪循環だ。 するとみくるちゃんが、すっと立ち上がって、わたしのそばにやってきました。そしてわたしの頭を優しく抱き締めたのです。 「ほら、有希ちゃん。泣きたい時は、思いっきり泣いた方がええで。」 【ほら、有希ちゃん。泣きたい時は、思いっきり泣いた方が良いわ。】 みくるちゃんの、おっきい胸。柔らかくてあったかい。なんでも、こないだのハルにゃんとみくるんの大乱闘で、ハルにゃんがこの大きな胸が羨ましいって言ったんだって。たしかに尋常じゃない大きさ。 でも、この胸は単に大きい、見掛け倒しの胸じゃない。底なしの優しさに溢れてる。 「うっ、うっ、うううう……うわああああああああああああああああああああんん!!」 わたしは、彼女の胸の中で泣いた。号泣した。 何が悲しかったのか。何が寂しかったのか。 それは結局、今のこのわたしの思考が、一時的なものでしかないことを知っているから。しばらくすれば、また元の無口なわたしに戻る。また、みくるちゃんが近付きたがらなかった頃のわたしに戻ってしまう。 それが嫌だった。せっかくみくるちゃんと仲良くなれると思ったのに。いや、きっとみくるちゃんは優しいから、元のわたしに戻っても、わたしと仲良くしてくれるだろう。でも、わたしはその思いに態度で応えられない。『そう。』とか『いい。』とか、必要最小限しか言葉を発しない子に戻ってしまう。 それがわたしらしいと言ってくれるかもしれない。でもわたしにだって、他の人並みに喋って、普通の女の子みたいに友達と遊びたいという気持ちはある。元のわたしはどうか知らないけれど、少なくとも今のわたしには、そんな気持ちがある。今のわたしはその気持ちを形にすることができる。でも元のわたしにはそんなことできない。 「戻りたない……」 【戻りたくない……】 「え?」 「戻りたない……元のわたしに戻りたない!!」 【戻りたくない……元のわたしに戻りたくない!!】 わたしは叫んでいた。今のわたしは、あくまで実験のために用意された一時的な人格。元のわたしでさえ、作り物、仮初の命で、今のわたしはその上に宿る、さらに一時的な実験用人格。その存在は極めて脆い。 それなのに、こんなことを願うのは罰当たりなのかな。人間じゃないわたしに罰なんか当たるのか分からないけど。 「元のわたしは、笑えもしない、泣けもしない、ただの観測者……! みんなの気持ちに何一つ応えられない!! わたしは……ただの作り物!! ただの……人間モドキ……! 人形にも人間にもなれない半端者!!」 こんなこと、彼女に言ったところでどうしようもないのに、彼女を困らせるだけなのに、止まらない。わたし、どうしちゃったんだろう。とうとう壊れちゃったのかな……? まったく、困った子だ。やれやれ。 それなのに、彼女は優しくわたしの頭を抱きかかえ、撫でてくれました。 「普段口に出されへん分、相当いろんな思いが溜まってたんやね……ごめんね、気ぃ付いてあげられへんで。」 【普段口に出せない分、相当いろんな思いが溜まってたのね……ごめんね、気付いてあげられなくて。】 何でみくるちゃんが謝るの? 謝るのはわたしの方なのに。 「ううん、そんなことない。あたし達、結局いつも有希ちゃん……『長門さん』に頼ってばっかりやもんね。」 【ううん、そんなことない。あたし達、結局いつも有希ちゃん……『長門さん』に頼ってばっかりだもんね。】 彼女は、小さな子供に言い聞かせるような、優しい声で言いました。 「あたしは、いつも無口で頼れる『長門さん』も、とっても可愛い『有希ちゃん』も、どっちも好き。」 そして彼女はわたしの頭を胸から離すと、自分の顔の前に持って行きました。 「せやから、約束して? もう二度と、人形やとか何とか、そんな悲しいこと言わへんって。あたしも、みんなも……『長門有希』さんを大好きなんやから。」 【だから、約束して? もう二度と、人形だとか何とか、そんな悲しいこと言わないって。あたしも、みんなも……『長門有希』さんを大好きなんだから。】 彼女の優しく真っ直ぐな瞳が、わたしの瞳を見つめます。 「……はい。」 今のわたしの顔はきっと、涙と鼻水でぐちゃぐちゃ。そんな顔を間近でじっと見つめられてます。ちょっと恥ずかしいな。 「……よくできました。」 彼女は飛びっきりの優しい笑顔で言いました。本当に綺麗な、天使のような笑顔でした。 「ほら、もう泣かない。笑って笑って! 有希ちゃんの笑顔はめっちゃ可愛いんやから!」 【ほら、もう泣かない。笑って笑って! 有希ちゃんの笑顔はすっごく可愛いんだから!】 可愛い……か。なんか、嬉しいな。 「えへへ……」 自然と、笑いがこぼれました。ちょっと照れた笑い。 「きゃー、可愛い――――!!」 彼女はまたわたしの頭を抱き締めました。おっきなおっぱいに埋もれて、ちょっと幸せ。ハルにゃんが揉みまくってた理由の一端が分かったかも。ずっとこうしていたいな。 ああ、それなのにだんだん意識が遠くなってきました。もう実験終了なの? せめて一秒でも長く、この暖かさ、柔らかさ、優しさを感じていたい…… Interface Mode Setup... COPY NAGATO_YUKI.log + YUKKY.log NAGATO_YUKI.log DEL YUKKY.log DROP TABLE Y.NAGATO, YUKKY.N SELECT * FROM YUKI.N Starting NAGATO Yuki original mode... わたしは、朝比奈みくるの胸の中で目を覚ました。二人とも眠っていた模様。早速先ほどまでの行動のログを確認する。 「…………」 わたしは彼女の胸で泣いていたらしい。 『人形にも人間にもなれない半端者』 これほど今のわたしの状態を的確に表現した言葉もないかもしれない。 『わたしにだって、他の人並みに喋って、普通の女の子みたいに友達と遊びたいという気持ちはある。今のわたしはその気持ちを形にすることができる。でも元のわたしにはそんなことできない。』 そういうことか。 これは、実験用人格に用意された感情による言葉ではない。なぜなら、実験用人格が削除された今のわたし……『元のわたし』でも、彼女――朝比奈みくる――のことを考えると、胸が熱くなるから。 これは『わたし』という個体が持つ、固有の『感情』。人間で言うところの……『本音』。 また感情が暴走してしまった。彼女には迷惑を掛けてしまった。 でも、そんなわたしを、彼女は優しく抱き締め、慰め、諭してくれた。涼宮ハルヒを支えたいと願ったわたしだが、朝比奈みくるに支えられた。 ――人間は決して一人では生きていけない。皆支えあって生きている。 何かの本で読んだ言葉。今ならその意味が少しは実感できるかもしれない。 静かに眠る、わたしを支えてくれた人の顔を見る。優しい、安らかな寝顔。 「……ありがとう。」 そう言うとわたしは、朝比奈みくるの額……ではなく、やはり唇に口付けをした。どうやら、あなたのことも好きになってしまったようだ。 『二股』……か。やれやれ。 結局、彼女の強さと、自分の弱さを見せつけられる結果となった。『彼』と言い彼女と言い、どうして涼宮ハルヒの周りには、こんなに優しい人達が集まっているのだろう。 彼女の買い物のお誘いの日を思い出しながら、せめてその日くらいは、少しは口数を増やせないだろうかと考えながら、わたしも彼女と一緒に眠ることにした。 彼女を抱き締めると、彼女も抱き締めてくれた。暖かい。そして強く優しい。 わたしは、涼宮ハルヒとはまた違った安らぎを感じながら眠りに落ちた。 後で聞いた話になる。 実験終了後、わたしの反応が途絶えたため、現場を確認するために喜緑江美里が遣わされた。違う派閥なのに、ご苦労なこと。 「わたしは、あなたの監査役でもあるんですからね。」 現場に踏み込んだ江美里。そこで彼女が見たものは、抱き合って眠るわたしと朝比奈みくる。 「すごい光景でしたよ。人間の言葉で言うところの『感動もの』でした。」 生命活動その他に異状がないことを確認すると、彼女はそのままその光景を眺めていたという。 「正確に言うと、『見とれていた』のかもしれませんね。インターフェイスに過ぎない私にも分かるくらい、そう、『神々しい』光景でした。記念に一枚撮っときましたよ。」 そう言って彼女は、一枚の紙を取り出した。 写真。光を受けて分子構造が変化する素材を利用した、画像の記録手段。 情報統合思念体のような情報生命体からすれば、極めて原始的な情報処理方式だが、『形あるもの』によって情報を取り扱う有機生命体にとっては、適した手段といえる。最近江美里は、この『写真を撮る』という行為がお気に入りなのだという。 差し出された紙片に映し出された、その時の光景の記録を見る。 「…………」 「例えて言うなら、『天使と天女が仲良く眠る図』ですね。」 そこには、安らかで穏やかな顔で抱き合って眠る、二人の少女が写っていた。そこに写っている二人のうち、片方がわたしであることに、すぐには気が付かなかった。それくらい、普段のわたしとは印象がまるで違っていた。 「長門さんの寝顔に涼宮さんが参っちゃうのも、仕方ないのかもしれませんね。」 江美里は、楽しそうに言った。 「それにしても二股とは、あなたも恋多きヒトですねー。この写真を涼宮さんが見たら、どうなるのかなー?」 「……パーソナルネームえみりんを敵性と判定。当該対象の有機情報連結解除を申請する。」 「あーれー、お止めになってぇ~。」 それにしてもこのインターフェイス、ノリノリである。もしかして、彼女はハイテンション・エミリーでも実行しているのだろうか。 「……後でこの光景の詳しいデータも欲しい。」 「あー、何だかお腹が空いたなー。」 「……今日は肉じゃが。カレーと具が共通。」 今晩も、いつもより『美味しい』食事になるようだ。 「……やれやれ。」 【参考:Extra.4 喜緑江美里の報告|Extra.5 涼宮ハルヒの戦後】 ←Report.09|目次|Report.11→
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2315.html
Report.19 長門有希の憂鬱 その8 ~涼宮ハルヒの告白~ 部室の扉がノックされる音が響いた。わたし、涼宮ハルヒ、朝倉涼子の三人は、互いに顔を見合わせた。 「どうぞー。」 結局、ハルヒが返答した。扉が開き、四人の人物が入ってきた。 「ちょっと失礼しますよ。」 喜緑江美里、古泉一樹、朝比奈みくる、『彼』……通称キョン。 「あんたは、生徒会の……何でここに?」 「実は我々は、長門さんが北高に向かっていたという話を聞いて、戻ってきたところなのですが、そこでたまたま彼女に会いまして。彼女……生徒会の方でも、何やら長門さんに用があるとかで、御一緒した、というわけなんですよ。」 古泉一樹が答えた。……話し方が変わっている。 「そんなに睨まないでくださいな。活動状況を簡単に確認するだけですから。」 ハルヒが江美里を睨み付けているのは、先の文芸部会誌を作成した時のことを踏まえてのものだろう。 「文芸部の活動は 極 め て 順 調 やから、どうぞご心配なく!!」 【文芸部の活動は 極 め て 順 調 だから、どうぞご心配なく!!】 彼女は目を三角に怒らせて、江美里を威嚇している。江美里は全く意に介していないが。 「長門さん……お久しぶりです……」 みくるが声を掛けてきた。そういえば、既に会ってはいるものの、まだ彼らには言っていない。わたしは彼らに視線を向けて、言った。 「ただいま。」 「……おかえり、長門。」 『彼』が答えてくれた。わたしは、帰ってきたことの『実感』が湧いた、ような気がした。皆は一様に、わたしの帰還を喜んでいるようだった。 その中で、ハルヒからすれば部外者である江美里が、わたしに向けて口を開いた。 「今年度の文芸部の活動状況についてですが。」 『御承知のように、敵対勢力の排除は完了しました。』 「…………」 『協力に感謝する。』 かぎ括弧は声に出した会話。二重かぎは通信の内容。 「昨年度は会誌の発行が、例年に比べてかなり遅延していました。まあ、内容は充実していたようなので、その点は心配していませんが。」 『《全員で突入する》という要請でしたけど、期待には応えられたでしょうか。』 「…………」 『十分。予想以上。』 「ここだけの話ですけど、うちの会長も、口ではああ言ってますけど、次の刊行を心待ちにしてるんですよ。文芸部の会誌をこっそり読んで、お腹抱えて笑ってましたから。特に鶴屋さんが書いた小説には、腹筋を破壊されたみたいでしたね。」 『皆さん、とんでもない戦闘能力を持ってますね。さすがは涼宮さんに選ばれし兵(つわもの)達、といったところですか。』 「……善処する。」 『……同意する。』 江美里は、絵に描かれた貴婦人のような微笑を浮かべて、 『彼女の感情がそろそろ限界のようなので、会話相手は譲りましょうかね。ほら、あなたもボーっとしてないで。』 『んあ!? ちょっと! 急に話を振らないでくれる!?』 涼子が不意を突かれて慌てている。このような反応は、我々インターフェイスのものとは思えないほど人間的だった。 『どうしたのでしょうね。あなたらしくもない。』 『いや、ちょっと……涼宮さんと長門さんの表情に見とれちゃって……』 わたしの表情? わたしは何か表情を浮かべていたとでも言うのだろうか。 涼子はわたしをまじまじと見つめた。 『……本気で言ってるの?』 嘘をつく理由も利益もない。 『……無自覚、か。なるほどね……』 話が見えない。 『長門さん。あなたは、さっき涼宮さんに「ただいま」って言った後、目を細めて微笑したのよ。』 ……身に覚えがない。 『じゃあ、無意識のうちに、微笑してたのね。』 わたしに表情を作る機能がないわけではなく、また、誰にでも分かるほどはっきりと表情を変えることも、できなくはないことは知っている。実際に、『微笑』という表情をハルヒには見せたことがある。しかし、先ほどの会話では、特に表情を作った記憶はない。 『だからさ……それは「自然な表情」って言うのよ。「自然と笑みがこぼれる」っていうやつ。』 それは、本にも頻繁に登場する表現。しかし、実際にどのような状態なのかは、分からなかったもの。そのような理解不能だった状態に、わたしがなっていたと言うのか。信じられない。 『……変わったわね。』 『……変わりましたね。』 二人は、嬉しそうに顔を見合わせた。 わたしは、そこまで自由に、任意の表情を浮かべることはできないはず。それに、なぜ二人が『嬉しそう』なのかの理由も分からなかった。 「有希……有希……!」 ハルヒの声。見ると、人間の言葉で言う『感極まった』様子だった。 「有希ぃ――――!」 彼女は、わたしのそばに駆け寄るとわたしを強く抱き締めた。そして一気にまくし立てた。 「有希! ごめん! ごめんなさい! あんな、あんなことして……! あんたを突き飛ばして怪我さして! それで、怪我したあんたをほったらかしにして!」 【有希! ごめん! ごめんなさい! あんな、あんなことして……! あんたを突き飛ばして怪我させて! それで、怪我したあんたをほったらかしにして!】 彼女は、泣きながら詫びている。先日の、わたしが消失した日の出来事。わたしがうっかり、彼女の心にある、侵してはならない領域を侵してしまった、あの日の出来事。 「いい。気にしてない。」 「ほんま?」 【ほんと?】 彼女は潤んだ瞳でわたしを見つめる。わたしは、誰にでも分かるほど大きく、はっきりと頷いた。彼女はまたわたしを抱き締めた。そして、人間の言葉で言うと『堰を切ったように』、語り始めた。わたしがいなくなったことで、どれだけ自分が寂しかったかを。 「……他にも数え上げたらキリないけど、とにかく! それぐらい寂しかったんやから!」 【……他にも数え上げたらキリがないけど、とにかく! それぐらい寂しかったんだから!】 「事情はよく分かった。」 わたしは、素っ気なく答えた。本当は、とても嬉しい。彼女にここまで強く気に掛けてもらえて。 「でも、これだけは言わして?」 【でも、これだけは言わせて?】 と、彼女は涙目で言った。 「なに。」 彼女は、大きく深呼吸した。そして、意を決して言った。 「有希――――!! 愛してる――――!!」 ざわ……ざわ…… そんな擬音語を背景につけるのがふさわしいと思った。わたしと彼女以外のその場にいた者は皆、目を丸くして驚愕している。彼女は、わたしを強く抱き締めてきた。 「もう、絶対に、あんたを、失いたくない! 離したくない!!」 そして彼女は……わたしの唇を奪った。 『んっ、んっ、んっ……んむ……んむ……』 濃厚な接吻。それも、他人の目の前で。 『んっ……はっぁ……あむ……んっ……』 彼女の口付けは終わらない。彼女の、暖かい気持ちが伝わってくるような気がする。 ようやく彼女の濃厚な接吻が終わった。口を離すと、お互いの唇から唾液が糸を引いて繋がっていた。 彼女は滔々と語り始めた。それは紛れもなく、わたしへの『愛の告白』だった。 「最初は単なる好奇心やった。無口で無表情な娘やなーって。泣いたり笑ったりせえへんのかなーって。まるで部室の付属物みたいに、存在感のない娘、っていうのが最初の頃の印象やったわ。」 【最初は単なる好奇心だった。無口で無表情な娘だなーって。泣いたり笑ったりしないのかなーって。まるで部室の付属物みたいに、存在感のない娘、っていうのが最初の頃の印象だったわ。】 それが、共に過ごすうちに、だんだん見る目が変わっていった。 「毎日なんとなく眺めてるうちに、だんだん気になりだしてん。あんたは無口で無表情やったけど、万能やった。何でもそつなくこなせた。その時に思ってたんは、どうやったら有希と仲良くなれるかってことやった。」 【毎日なんとなく眺めてるうちに、だんだん気になりだしたの。あんたは無口で無表情だったけど、万能だった。何でもそつなくこなせた。その時に思ってたのは、どうやったら有希と仲良くなれるかってことだった。】 彼女は遠い目をして言った。 「決定的やったんは、一年の時の文化祭。気ぃ付いてた? あんたの情熱的なギターは、一緒に舞台に立ったあたし達も含めて、その場にいた誰もを魅了したんやで。あの時あたしは、最高に気持ち良く歌ってたけど、それはきっと、あんたがギターで支えてくれたからなんやと、今になって思うわ。急遽代役で立った舞台で、どうなるか分からへん一発勝負。いくらあたしでも、緊張せえへんかった、って言(ゆ)うたら嘘になるわ。それでも何とか乗り切れた。今なら理由が分かるわ。それは有希が、いつもあたし達の期待に応えてくれる有希が、そばにおってくれたから。一緒に舞台に立ってくれたから。体育祭では、文武両道さを存分に見せ付けてくれたし、バレンタインデーの時は料理も振舞ってくれた。あの時作ってくれたうどん、めっちゃ美味しかったで。今でも忘れられへんもん。阪中の家の犬を治した時は、正直感動したわ。いつもいっぱい本読んどぉけど、ただ読むんやなくて、ちゃんとその知識を役立たせてるんやから、改めてすごいと思ったわ。それで、ますます有希から目が離されへんようになった。」 【決定的だったのは、一年の時の文化祭。気付いてた? あんたの情熱的なギターは、一緒に舞台に立ったあたし達も含めて、その場にいた誰もを魅了したのよ。あの時あたしは、最高に気持ち良く歌ってたけど、それはきっと、あんたがギターで支えてくれたからなんだと、今になって思うわ。急遽代役で立った舞台で、どうなるか分からない一発勝負。いくらあたしでも、緊張しなかった、って言ったら嘘になるわ。それでも何とか乗り切れた。今なら理由が分かるわ。それは有希が、いつもあたし達の期待に応えてくれる有希が、そばにいてくれたから。一緒に舞台に立ってくれたから。体育祭では、文武両道さを存分に見せ付けてくれたし、バレンタインデーの時は料理も振舞ってくれた。あの時作ってくれたうどん、すっごく美味しかったわ。今でも忘れられないもん。阪中の家の犬を治した時は、正直感動したわ。いつもいっぱい本を読んでるけど、ただ読むんじゃなくて、ちゃんとその知識を役立たせてるんだから、改めてすごいと思ったわ。それで、ますます有希から目が離せないようになった。】 それに、と彼女は続けた。 「あれは夢やったみたいやけど、未だに忘れられへんことがあんねん。覚えとぉ? 一年の冬休み、鶴屋さん家の別荘に合宿に行った時の事。」 【あれは夢だったみたいだけど、未だに忘れられないことがあるの。覚えてる? 一年の冬休み、鶴屋さん家の別荘に合宿に行った時の事。】 周囲に緊張が走った。 「あの時、あたしはやけにあんたのことを心配しとったやろ? あれな、あたしの夢の中で、あんたが熱出して倒れてんけど、それはもう、心配したで。夢から覚めても、全然気が付かずにあんたのことを心配するくらい。それで、気ぃ付いてん。あたしは、夢にまで見るくらい、あんたのことを意識してるんやな、って。」 【あの時、あたしはやけにあんたのことを心配してたでしょ? あれはね、あたしの夢の中で、あんたが熱出して倒れたんだけど、それはもう、心配したわよ。夢から覚めても、全然気が付かずにあんたのことを心配するくらい。それで、気が付いたの。あたしは、夢にまで見るくらい、あんたのことを意識してるんだな、って。】 その時は『無口で頼れる万能選手』として。 「その時はそう思(おも)てたけど、今にして思うと、既に違(ちご)てたんかもしれへん。でも、自覚はしてへんかったな。思いが変わった、あるいは自覚したんは、この間のこと。あたしが変質者を捕まえて新聞に載って、それから、変な奴らに付きまとわれてた時のことやわ。」 【その時はそう思ってたけど、今にして思うと、既に違ってたのかもしれない。でも、自覚はしてなかったな。思いが変わった、あるいは自覚したのは、この間のこと。あたしが変質者を捕まえて新聞に載って、それから、変な奴らに付きまとわれてた時のことだわ。】 彼女はその時のことを思い出すように、 「あの時あたしは……ほんまはめっちゃ辛かった。団員達に……特に有希、あんたに会われへんことに。それから、変な奴らへの対応も。どうってことないつもりやったけど……やっぱりきつかった。あたしは、もう、一杯一杯やった。そんなあたしを救ってくれたんが、あんた。」 【あの時あたしは……ほんとはすっごく辛かった。団員達に……特に有希、あんたに会えないことに。それから、変な奴らへの対応も。どうってことないつもりだったけど……やっぱりきつかった。あたしは、もう、一杯一杯だった。そんなあたしを救ってくれたのが、あんた。】 ここで彼女は周囲を見渡した。 「みんなの前でこんなこと言(ゆ)うてるなんて、我ながら大胆やと思うけど、どういうわけか、有希の前やと素直になれるわ。こんな……恥ずかしいことを告白できるくらいに。」 【みんなの前でこんなこと言ってるなんて、我ながら大胆だと思うけど、どういうわけか、有希の前だと素直になれるわ。こんな……恥ずかしいことを告白できるくらいに。】 彼女は再びわたしに視線を戻した。 「あの時、あたしがあんたを呼び出した時、あんたは来てくれた。あたしの恥ずかしい話を黙って聞いてくれた。泣き出したあたしのそばにずっとおってくれた。色々とあたしに良くしてくれた。それから……あんたの意外な一面も見せてくれた。あの時のあんたの仕草、反則的なまでに可愛かったわ。」 【あの時、あたしがあんたを呼び出した時、あんたは来てくれた。あたしの恥ずかしい話を黙って聞いてくれた。泣き出したあたしのそばにずっといてくれた。色々とあたしに良くしてくれた。それから……あんたの意外な一面も見せてくれた。あの時のあんたの仕草、反則的なまでに可愛かったわ。】 そして気が付けば、ただの気になる人から、愛しい人に変わっていた。 「あたしは必死でその気持ちを否定した。だって、おかしいやん? 女同士でこんなこと思うなんて。相手が、宇宙人とかっていうならまだしも、有希は物静かな……可愛い人間の女の子やんか。でも、今日のことで実感したわ。あたしの中で、あんたの存在がどれだけ大きくなってたか。それで、あんたの顔を見て思った。もう、この気持ちは抑えられへんって。」 【あたしは必死でその気持ちを否定した。だって、おかしいじゃない? 女同士でこんなこと思うなんて。相手が、宇宙人とかっていうならまだしも、有希は物静かな……可愛い人間の女の子じゃないの。でも、今日のことで実感したわ。あたしの中で、あんたの存在がどれだけ大きくなってたか。それで、あんたの顔を見て思った。もう、この気持ちは抑えられないって。】 いつの間にか、恋に落ちていた……気が付いたときには、既に。 「さっきあったことを話すわ。また夢を見てたらしいんやけど。」 【さっきあったことを話すわ。また夢を見てたらしいんだけど。】 先ほどの情報統合思念体過激派による襲撃のことだろう。 「夢の中で、あたしと朝倉は、変態に襲われた。ストッキングで覆面した変態。朝倉がそいつと戦ってたんやけど、ピンチになってん。もう絶体絶命。そこに颯爽と現れたんが、有希、あんたや。朝倉にも言われてんけど、その時のあんたは、マジでヒーローやった。かっこよかった。そのあとそのまま今の場面に続いとぉから、正直、どこまでが夢で、どこからが現実か分からへん。もしかしたら、今この瞬間も夢かもしれへんし。でも、それでもあたしは確信した。」 【夢の中で、あたしと朝倉は、変態に襲われた。ストッキングで覆面した変態。朝倉がそいつと戦ってたんだけど、ピンチになったの。もう絶体絶命。そこに颯爽と現れたのが、有希、あんたよ。朝倉にも言われたんだけど、その時のあんたは、マジでヒーローだった。かっこよかった。そのあとそのまま今の場面に続いてるから、正直、どこまでが夢で、どこからが現実か分からない。もしかしたら、今この瞬間も夢かもしれないし。でも、それでもあたしは確信した。】 彼女はわたしの瞳を真っ直ぐに見据えて言った。 「やっぱりあたしは、あんたが好き。大好き。」 彼女の気持ちは伝わった。今度はわたしが答える番。わたしは彼女に言った。禁じられた言葉を。 「わたしは……わたしも、あなたを、愛している。」 観測とか、処分とか、そんなものはどうでも良いと思えた。 彼女は、わたしを愛している。 わたしも、彼女を愛している。 それで十分だと思えた。それでわたしは――幸せだと思った。 「有希、有希っ!」 また彼女が抱き締めてくる。わたしも彼女を抱き締め返す。とても幸せで、そして、だからこそ……『悲しい』。 これから、わたしが行うことを思うと、悲しくなった。 わたしがこれから行うこと。それは涼宮ハルヒへの情報操作。今まで決して許されることがなかった行為。 今回の過激派による襲撃の記憶を消すことだけではない。わたしは、彼女の『長門有希への思い』を操作する。 彼女のわたしへの感情には、明らかに『性愛』が含まれている。それは本来、『異性』に対して向けられるもの。一部に例外はあるものの、大多数の雌雄の別がある有機生命体はそのようにしている。それが、有機生命体の繁殖に必要不可欠だから。だから、今の彼女は……『異常動作』。そしてわたしも異常動作。 わたしの口から明確に、わたしの想いを彼女に伝えられた。それだけで十分。彼女の行動を修正しなければならない。 提案したのは、わたし。情報統合思念体の許可は下りている。いよいよ、これまで最大の禁則事項だった行為を行う。 わたしは操作を開始した。 「あれ……? なんか急に眠く……」 彼女の身体が崩れ落ちる。わたしは彼女の身体を抱きかかえるようにして支えた。彼女が完全に眠ったことを確認すると、彼女の精神に干渉する。そして、彼女のわたしへの想いから、性愛に関する部分を削除する。今後彼女は、わたしをこれまで通り『無口で頼れるSOS団随一の万能選手』として見るだろう。ただし、わたしへの想いは大きく発達していたため、元通りとはいかないかもしれない。それでも、『仲の良い女友達』程度には抑えられたはず。わたしに、あのような行為に及ぶことは、もうないだろう。 操作終了。 「…………」 わたしは無言で、彼女の身体を抱きかかえながら、静かに眠る彼女の寝顔を見ていた。 事態の推移を見守っていた『彼』が、やっとの思いで口を開いた。 「……長門。お前はハルヒに一体何をしたんや?」 【……長門。お前はハルヒに一体何をしたんだ?】 「行動の修正。」 わたしは平坦な声で答える。 「最近の涼宮ハルヒの行動は、明らかに異常動作。先ほどのわたしへの行為もそう。」 わたしは、ぼんやりと彼女の顔を眺めていた。名残惜しいのだろうか? わたしは彼女の顔から視線を外すことができないでいる。 「修正は完了した。問題ない。」 そう、これで問題ない。何も。 その時、何かがわたしの頬を伝った。 涙が一粒、頬を伝った。 ←Report.18|目次|Report.20→
https://w.atwiki.jp/sfrontier/pages/45.html
Books 作成日 2007/11/01 H.Naito 更新日 2007/11/05 T.Kodama Programing Programing No 名前 版数 出版年月日 著者 出版社 値段 (+tax) 保持者 貸出先 作成日 更新日 購入 ブックレビュー 1 C言語プログラミングレッスン 入門編 初版 1994/06/25 結城 浩 SOFTBANK 2000 2 C言語プログラミングレッスン 文法編 初版 1995/08/25 結城 浩 SOFTBANK 2000 3 定本 Cプログラマのためのアルゴリズムとデータ構造 初版 1998/03/20 近藤 嘉雪 SOFTBANK 2700 4 C言語によるプログラミング技術入門 初版 1998/06/01 伊藤 正夫 実教出版 1700 5 はじめてのC言語 ---- 1995/01/01 中山 敬二 ナツメ社 2000
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2613.html
Report.21 長門有希の憂鬱 その10 ~涼宮ハルヒの恋人~ わたしは大切なものを二つ失った。 一つは、涼宮ハルヒの感情。もう一つは、朝倉涼子の存在。 ハルヒはわたしを『団員』として扱い、涼子はもはやこの地上に存在しない。 本当はこの状態こそが正常で、今までが異常。すべてが元通りになったと言える。 それなのにわたしは、そうとは割り切れないでいる。失ったと感じている。 そのような事を考えてしまうわたしは……端末失格なのだろうか。 この件は、ハルヒ以外の彼らには伝えてある。 わたしはこの、文芸部室であって、同時にSOS団の活動拠点ともなっている旧校舎の一室で本を読む。やがて朝比奈みくるが入室してメイド服に着替え、お茶を振舞う。古泉一樹がやってきて各種ゲームを準備する。『彼』が入室して定位置に座り、ハルヒが勢いよく扉を開いて入室し、団長席に座る。 ハルヒはパソコンで何かの情報を検索し、みくるはお茶の淹れ方の研究に余念がなく、一樹と『彼』は各種ゲームで遊び、『彼』の一方的な勝利が繰り返される。わたしが本を閉じる音を合図に、部活は終了する。皆が帰り支度を始める。 以前と変わらない日常が続いてゆく。世は並べて事もなし。 でも、わたしにとっては…… 夜、一人きりの部屋。思い出す、『彼女』と過ごした日々。わたしは自分を『持て余す』ようになった。 わたしにとって、夜はとても寂しく辛いものとなった。会いたい……会いたい……『彼女』に、会いたい。 今日もまた、長い夜を迎えた。『寂しさ』という名のエラーが蓄積してゆく。 今のわたしにとって、たった一つの『救い』は朝比奈みくるの存在。今のわたしは、彼女に支えられて、やっと立っている状態。 『涼宮ハルヒを支えたい』と願ったわたしが、朝比奈みくるに支えられてようやく立っている。そのような不安定な存在で、どうして他者を支えることができるというのか。笑止。所詮わたしは、どこまで行っても対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイス。情報統合思念体の一端末でしかない。いくら自律行動の範囲が広がっても、最終的には情報統合思念体の意向に従うしかない。逆らえば、死あるのみ。 ……『死』? 死ってなに? 死とは、有機生命体における、生命活動の停止。わたしの存在はなに? 有機生命体? ……分からない。 以前とは異なる部分もある。これはごく一部にしか知られていないこと。 部活も終わり、着替えをするみくるを残して、皆は帰途につく。 「…………」 しかし、わたしは残って、みくるを見つめる。 「長門さん……『アレ』、ですか?」 こくん、とわたしは頷く。 「ちなみに、どの服が良いですか?」 「……理学療法士。」 「またマニアックな服を選びますね……」 苦笑しながらも、彼女は着替えてくれる。彼女が着替え終わると、わたしは彼女に近付く。 「……あなたには迷惑を掛ける。申し訳ないと思っている。でも、自分ではどうしようもなくなってしまった。」 彼女が優しくわたしの頭を抱きかかえてくれる。柔らかい。そして、温かい。 「辛さを一人で溜め込まないで? ね、有希ちゃん。」 わたしは彼女の胸で声を上げて泣き出す。もう何度も、彼女にはこうしてもらっている。情けなく思うものの、どうにもできない。わたしは彼女にしがみ付きながら号泣する。 涼宮ハルヒは、わたしを愛している。愛してしまった。 わたしは、涼宮ハルヒを愛している。愛してしまった。 しかしわたしは、その想いを表すことはできない。表してはならない。だから彼女に情報操作を行った。彼女のわたしに対する想いから、性愛の要素を取り除いた。除去しきれたかどうかは、自信がない。 操作を行ったのは、情報統合思念体に許可を得たわたし。発案はわたしがした。彼女に愛していると言われた時、わたしはとても嬉しかった。幸せだった。だからこそ、こうしなければならないと思った。それは許されないことだったから。 それでも、わたしは彼女を愛している。そして彼女は、そんなわたしの気持ちを知らない。だから普通にわたしに接してくる。その度にわたしは、彼女と過ごした日々を思い出し、辛くなる。それは夜一人になるとますます激しくなる。正に……致命的なエラー。 こんなことなら、わたしのこの想いも消去すればよかった。しかし、その許可は下りなかった。 苦しい。これがわたしへの『処分』なのだろうか。 わたしの『罪』は、観測対象である涼宮ハルヒを愛してしまったこと。わたしへの『刑』の執行は、永遠に続くように思われた。 とある放課後の部室。わたしはいつものように本を読んでいた。人が近付く気配がすると、扉が開き、涼宮ハルヒが入ってきた。 おかしい。 元に戻った彼女は、再び扉を爆音を立てながら勢いよく開くようになっていた。しかし、今彼女は、静かに扉を開き、静かに入室し、静かに扉を閉め、静かに施錠した。 「有希だけやね……」 【有希だけね……】 彼女はそう呟くと、鞄を置き、静かにわたしの所へ歩いてきた。 「有希。」 彼女が後ろから抱きついてきた。耳元で囁かれる。 「大好き。」 ゾクゾクっと背筋に何かが走る。 「こんな大事なこと、何で忘れてたんやろ。」 【こんな大事なこと、何で忘れてたんだろ。】 彼女の吐息がわたしの耳に掛かる。悩ましい。 「その感情は精神病の一種。治し方はわたしが知っている。」 「病気でも構(かま)へんわ。」 【病気でも構わないわ。】 彼女はわたしの前に回り込むと、真剣な顔で言った。 「聞いてくれる? あたしの話。」 そして彼女は語り始めた。 「最近、毎日のように、変な夢見るようになったんよ。笑(わろ)てしまうくらい、めっちゃ変な夢。」 【最近、毎日のように、変な夢を見るようになったのよ。笑ってしまうくらい、すっごく変な夢。】 奇妙で不思議な……わたしにとっては極めて写実的な夢の話を。 「最初は、変な空間やったかな。床や壁っぽいのは灰色で、天井っぽいのが極彩色でうねうね動いてて気持ち悪かった。それで突然朝倉が現れて、『ようこそ、涼宮さん。ここはわたしの情報制御下にある。』とかって、意味不明なことを言(ゆ)うて。」 【最初は、変な空間だったかな。床や壁っぽいのは灰色で、天井っぽいのが極彩色でうねうね動いてて気持ち悪かった。それで突然朝倉が現れて、『ようこそ、涼宮さん。ここはわたしの情報制御下にある。』とかって、意味不明なことを言って。】 明らかに情報封鎖空間の光景。 「そう思(おも)たら、おもむろにごっついナイフを取り出すねん。で、あたしに向けてナイフを構えるんよ。朝倉はあたしの呼びかけを完全に無視すると、一直線にあたしを刺してきたわ。あたしは紙一重で、何とか朝倉の攻撃をかわした。あたしは叫びながら、あたしを掠めていった朝倉に向き直った。そしたら、どないなってたと思う? 朝倉のナイフが、何もない空間に突き刺さってたんやで? それでナイフが突き刺さってる辺りを中心に、黒い人型の靄のようなものが現れた。朝倉は、ナイフをその黒い人型の靄に突き刺したまま、靄を払うように振り抜いた。一刀両断された靄が空気に溶けていった。そこで終わり。」 【そう思ったら、おもむろにごっついナイフを取り出すの。で、あたしに向けてナイフを構えるのよ。朝倉はあたしの呼びかけを完全に無視すると、一直線にあたしを刺してきたわ。あたしは紙一重で、何とか朝倉の攻撃をかわした。あたしは叫びながら、あたしを掠めていった朝倉に向き直った。そうしたら、どうなってたと思う? 朝倉のナイフが、何もない空間に突き刺さってたのよ? それでナイフが突き刺さってる辺りを中心に、黒い人型の靄のようなものが現れた。朝倉は、ナイフをその黒い人型の靄に突き刺したまま、靄を払うように振り抜いた。一刀両断された靄が空気に溶けていった。そこで終わり。】 不可解。夢とは得てしてそのようなもの。しかし、部分的にあまりにも写実的。 「その次もやっぱり朝倉が出てくるんやけど、これがまた、前にも増して変な夢で。」 【その次もやっぱり朝倉が出てくるんだけど、これがまた、前にも増して変な夢で。】 彼女は続けた。 「あまりにも荒唐無稽すぎて、ありえへん光景やったわ。鉄筋を持った朝倉と、ストッキングを被った変態超能力者が対決してるっていう夢やった。もうな、アホかと。バカかと。あまりのアホさ加減に、いい加減付き合いきれへんようになって、あたしはずっと、朝倉の、その……パンチラで目の保養しとったんやけど。」 【あまりにも荒唐無稽すぎて、ありえない光景だったわ。鉄筋を持った朝倉と、ストッキングを被った変態超能力者が対決してるっていう夢だった。もうね、アホかと。バカかと。あまりのアホさ加減に、いい加減付き合いきれなくなって、あたしはずっと、朝倉の、その……パンチラで目の保養してたんだけど。】 これは紛れもなく、先日の戦闘。 「ちなみに縞パンやった。」 【ちなみに縞パンだった。】 こんなところまで同じ。 「で、その後がすごいんやけど。有希、あんたまで出てきてんで。」 【で、その後がすごいんだけど。有希、あんたまで出てきたのよ。】 その部分のログは、わたしの中にはない。……怒りで我を忘れていたから。 「もう、ものすごいとしか言いようがなかった。有希がヌンチャク、朝倉が薙刀を振るって大立ち回り。その変態超能力者を無表情でしばき倒してるあんた、かなり怖かったけど……めちゃめちゃかっこ良かった。有り体に言えば……惚れたわ。」 【もう、ものすごいとしか言いようがなかった。有希がヌンチャク、朝倉が薙刀を振るって大立ち回り。その変態超能力者を無表情でしばき倒してるあんた、かなり怖かったけど……めちゃかっこ良かった。有り体に言えば……惚れたわ。】 そこまで派手に暴れていたのか、わたしは。信じられない。 「最後のは、もう、呆れて物も言えへんっていうか。朝倉や、えっと喜緑さん? あの生徒会役員の。それから団員達。みんなが見てる前で、あたしは、あんたと……」 【最後のは、もう、呆れて物も言えないっていうか。朝倉や、えっと喜緑さん? あの生徒会役員の。それから団員達。みんなが見てる前で、あたしは、あんたと……】 彼女はここで顔を真っ赤にした。 「……あんたに、その……告白、して、それで……うう……キ、キスを……」 彼女は両手で顔を覆ってしまった。相当恥ずかしいらしい。 「う~、言(ゆ)うてもうたぁ~! は、恥ずかしい~」 【う~、言っちゃったぁ~! は、恥ずかしい~】 と言いながら、首を左右に振っている。耳まで真っ赤になっている。 一頻り悶えた後、彼女はようやく落ち着きを取り戻した。 「最初は単に、変な夢やなと思(おも)てたんやけど、毎日繰り返し見るようになって、さすがに『これは何かあるかも?』って感じるようになったわ。」 【最初は単に、変な夢だなと思ってたんだけど、毎日繰り返し見るようになって、さすがに『これは何かあるかも?』って感じるようになったわ。】 彼女の話によれば、その奇妙な夢は、前記の三パターンが繰り返されていたとのこと。しかも、回を重ねるごとに、だんだん夢の情景の細部が明瞭になってきたという。やがて彼女は、これは夢の情景ではなく、何か実際に自分が体験した場面なのではないかと思うようになっていた。 そしてついに、彼女はすべてを思い出した。 「昨日、何の気なしに部屋を片付けてて、ふと、『何(なん)かない』って気ぃ付いてん。具体的に何が無くなったんかは分からへんかったけど、それでも、何か『大事なもの』を無くしたことだけは分かった。上手く言葉では説明できひんけど、とにかく『何(なん)かない』っていう思いだけが引っ掛かって。それで部屋中あちこち探したんやけど、そもそも何を無くしたんかが分からへんのやから、探し様がないやん? 当たり前の話やけど。見付かる当てどころか、何を探したらええのかも分からへんまま、何の手掛かりもないまま、ひたすら部屋中を隈なく探し回って、一時間くらいやったかな? 机の引き出しの奥から、鍵付きの日記帳を見付けてん。自分では書いた覚えないのに、一目見てそれはあたしのやって分かったわ。見付けた時に、鍵の場所も分かったし。で、開いてみたら、間違いなくあたしの字やった。なぜか初めて読む気がせえへんかったな。それで、読み進めていって、思い出したわ。あたしがどんな気持ちやったんか。有希のことどう思(おも)てたか。」 【昨日、何の気なしに部屋を片付けてて、ふと、『何かがない』って気が付いたの。具体的に何が無くなったのかは分からなかったけど、それでも、何か『大事なもの』を無くしたことだけは分かった。上手く言葉では説明できないけど、とにかく『何かがない』っていう思いだけが引っ掛かって。それで部屋中あちこち探したんだけど、そもそも何を無くしたのかが分からないんだから、探し様がないじゃない? 当たり前の話だけど。見付かる当てどころか、何を探したら良いのかも分からないまま、何の手掛かりもないまま、ひたすら部屋中を隈なく探し回って、一時間くらいだったかな? 机の引き出しの奥から、鍵付きの日記帳を見付けたの。自分では書いた覚えがないのに、一目見てそれはあたしのだって分かったわ。見付けた時に、鍵の場所も分かったし。で、開いてみたら、間違いなくあたしの字だった。なぜか初めて読む気がしなかったな。それで、読み進めていって、思い出したわ。あたしがどんな気持ちだったのか。有希のことどう思ってたか。】 彼女は、置いた鞄から冊子を取り出し、わたしに手渡して言った。 「これな。すごく恥ずかしいんやけど、有希に読んでほしいねん。」 【これね。すごく恥ずかしいんだけど、有希に読んでほしいの。】 鍵が掛かる日記帳だった。最初のページには、こう書かれていた。 『涼宮ハルヒの手記』 読み進めると、彼女が日常感じた雑感等が、あの達筆だが読みやすい楷書体で綴られていた。 わたしはこの文書の存在を知らない。消失していた時も観測は継続していたというのに。やはり肉体を失ったことで、情報の伝達に齟齬が発生していたのだろうか。 「現段階の最終ページは、昨日書いたばっかりやねん。」 【現段階の最終ページは、昨日書いたばっかりよ。】 彼女の様々な想いが綴られた手記。最終ページまで読む。一番最後は……わたし宛の手紙になっていた。わたしは、最終ページを何度も何度も読み返した。 上手くやったつもりだった。実際、彼女はわたしへの想いを忘れていた。しかし、彼女は思い出した。わたしが完全に消去したと思っていたものをすべて。 彼女には敵わないと思った。わたしの行為は、無駄な努力だったのだろうか。それとも、これも既定事項なのだろうか。 それでもわたしは、どこか嬉しかった。彼女に思い出してもらえたこと。再び『大好き』と言われたこと。 結局、いくら情報を、記憶を書き換えても、人間の『心』は操作できないということなのだろうか? わたしが行う情報への介入は、彼女の能力と似ている面がある。すなわち、自らの都合の良いように、周囲を改変する能力。しかし彼女は、周囲の人間の『心』までは改変していない。いかに万能と思われる彼女でも、人間の『心』までは操ることができないのか。あるいは、彼女の『常識的な』部分が、人間の『心』を操ることを拒絶しているからなのか。 前者の可能性については、更なる観測が必要となる。現段階では情報が不足している。そして、後者の可能性。これはもしかすると、今回のわたしが行った操作に該当するかもしれない。 今わたしは、感情を操作した彼女が、わたしが操作する前の感情を取り戻したことを『喜んで』いる。このことから考えると、わたしは、人間でいうところの『心』に該当する領域のどこかで、彼女への操作を拒絶していたのかもしれない。そして、いずれは彼女が、元の感情を取り戻すこと、以前のようにわたしを『愛して』くれることを望んでいたのかもしれない。 いくらその行為を選択することが最も合理的だと分かっていても、その選択を拒絶すること。これは人間の行動にしばしば見られる現象。 彼女はわたしの膝の上に腰掛けている。わたしが彼女を膝に抱いている状態。 「有希……もう、あたしを置いてどっか行ったりせんとってや。」 【有希……もう、あたしを置いてどっか行ったりしないで。】 彼女は目を潤ませながら、訴えた。 「『彼女』とかは無理でも、ずっと、あたしの友達……『親友』でおって。な?」 【『彼女』とかは無理でも、ずっと、あたしの友達……『親友』でいて。ね?】 『親友』。 それが、それこそが、彼女が長年求めていたものなのかもしれない。 お互いに理解し合い、信頼し合い、性別が違っていれば生涯の伴侶とすることも辞さない、深い絆で結ばれた存在。そのような存在として、彼女はわたしを定義したいと望んでいる。わたしは…… 「あなたがここにいる。だからわたしもここにいる。」 わたしは彼女を抱き締め、口付けをした。これがわたしの答え。 その時、突然わたしの中に何かが閃いた。 彼女は、涼宮ハルヒは、わたしを『親友』と定義した。わたしは、自分をあえてこう定義しようと思う。 「わたしは、あなたの『ともだち』。」 「友達?」 「違う。」 わたしは首を振った。これは音声だけでは伝わらない概念。 「わたしは、涼宮ハルヒの『トモダチ』。……『恋人』と書いて『ともだち』と読む。」 彼女はキョトンとした顔をした。瞬時には意味が理解できなかったのだろう。ややあって、彼女の顔に理解の色が広がった。 ある『意味』を持つ言葉に、別の意味の『音』を当てる。『日本語』という言語の、興味深い使用方法。 同様に定義するとするならば、『彼』は『親友』、古泉一樹は『戦友』、朝比奈みくるは『盟友』だろうか。そして朝倉涼子は……『朋友』。これらはすべて『ともだち』と読む。 「嬉しいこと言(ゆ)うてくれるやないの。有希らしいっていうか。」 【嬉しいこと言ってくれるじゃないの。有希らしいっていうか。】 彼女は満足そうな表情をしていた。 「そうやね。あたしとあんたが、ただの『親友』で終わるはずないもんね。迂闊やったわ。」 【そうよね。あたしとあんたが、ただの『親友』で終わるはずないもんね。迂闊だったわ。】 そう言うと彼女は、『手記』を手に取ると、その場で何か書き込んだ。 「有希が自分のことをそう言(ゆ)うんやったら、あたしは有希をこう呼ぶわ。」 【有希が自分のことをそう言うんだったら、あたしは有希をこう呼ぶわ。】 手記には、ある一文が書き加えられていた。 「今日から有希は、あたしの『ともだち』。」 そう言うと彼女は片目を閉じた。 その日の部活は休みになり、わたしは彼女にカフェへ連れて行かれた。 「ここの丹波栗のモンブランと、黒豆のプリンは最高に美味しいんやから! あたしのおすすめ!」 【ここの丹波栗のモンブランと、黒豆のプリンは最高に美味しいんだから! あたしのおすすめ!】 カフェにて注文後しばらく経つと、彼女が薦める品が運ばれてきた。一緒に飲むのは香り高い紅茶。 「はい、有希、あーん。」 「……あーん。」 彼女が掬って差し出したモンブランをわたしが食べる。 「……じゃあ、ハルヒ……あーん。」 「あーん♪」 わたしが掬って差し出したプリンを彼女が食べる。わたし達は周囲の客や店員から、生暖かい目で見守られていた。彼女と一緒に食べるおやつは、とても甘く、とても楽しく、とても美味しかった。 「有希……大好き。」 また言われた。とても幸せそうな顔。わたしはとても嬉しい。でも。 「人前ではだめ。」 彼女はアヒルのように口を尖らせた。 「それは、女同士やから?」 【それは、女同士だから?】 わたしは首を横に振った。 「異性同性を問わず、公衆の面前でいちゃつくことは、推奨されないと認識している。」 彼女はまだ納得がいかないような顔をしていたが、わたしの次の言葉で承服した。 「それに、隠れて行う行為は、背徳感が増す。」 一瞬驚いた顔をした彼女は、にんまりと聞いてきた。 「有希……それは、『隠れてあんなことやこんなことがしたい』っていうことかな? かな?」 「言葉通り。あなたの好きにしていい。」 「うは……もー、大胆やな、この娘はー!」 【うは……もー、大胆ねえ、この娘はー!】 彼女は顔を真っ赤にしながら、ばしばしとわたしの肩を叩いた。 「何(なん)かもう、有希の言葉が甘すぎて、モンブランの味が分からへんようになったわ!」 【何(なん)かもう、有希の言葉が甘すぎて、モンブランの味が分かんなくなっちゃったわ!】 そこでの飲食の代金は、彼女が支払った。 「これがあたしの気持ち。」 彼女はわたしの手を取った。この後は一緒に買い物に出掛けるらしい。 「ほな、行こか!」 【じゃあ、行こっか!】 わたしは彼女に手を引かれ、走り出した。 繋いだその手は、とても温かかった。 ←Report.20|目次|Report.22→
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1248.html
Report.12 長門有希の憂鬱 その1 ~長門有希の消失~ 「うりゃあぁぁぁ! 今日もみくるちゃんは可愛いなっ! 胸もまたおっきくなったん違(ちゃ)う!?」 【うりゃあぁぁぁ! 今日もみくるちゃんは可愛いなっ! 胸もまたおっきくなったんじゃない!?】 「わひいぃぃ!?」 涼宮ハルヒが朝比奈みくるの胸を揉む。みくるはいつもなら嫌がるが、今日は余り嫌がっていない。 「はふぅ……涼宮さん、ほんまに胸揉むん好きですね……しかも妙に上手いし……」 【はふぅ……涼宮さん、ほんとに胸揉むの好きですね……しかも妙に上手いし……】 頬を上気させて、荒い息をしながらみくるは言った。 「いや~、みくるちゃんの胸はほんまに揉み応えがあって癖になるわ。」 【いや~、みくるちゃんの胸はほんとに揉み応えがあって癖になるわ。】 ようやくみくるを解放したハルヒは、一仕事終えたかのような表情で言った。 「うふ。じゃあ、こういうのはどうですか?」 そう言うとみくるは、ハルヒの頭を抱きかかえた。 「むー、むー……この程よい窒息感、イイ……」 ややくぐもった声で、ハルヒが答える。 「更にはこんなこととか。」 みくるはハルヒの後ろに回ると、彼女の頭に胸を乗せた。 「おおお、この重量感! 信じられへん……」 【おおお、この重量感! 信じられない……】 「ふふふ。涼宮さんて、ほんま胸好きですね。大きければ何でも良いんですか?」 【ふふふ。涼宮さんて、ほんと胸好きですね。大きければ何でも良いんですか?】 「いやいやいや、決してそういうわけ違(ちゃ)うんよ。大事なのは形と実用性! そして何より……『その人の胸』ってのが重要やねん!」 【いやいやいや、決してそういうわけじゃないのよ。大事なのは形と実用性! そして何より……『その人の胸』ってのが重要なの!】 「ふぁ……それって、『あたし』の胸やから、ってことですか!?」 【ふぁ……それって、『あたし』の胸だから、ってことですか!?】 ハルヒはみくるに向き直って言った。 「ファイナルアンサー?」 「ふぇ!? フ、ファイナルアンサー……」 ハルヒは眉をしかめながら、長い溜めに入った。 「……正解!」 ハルヒはみくるの胸を、前からパン生地をこねるように弄んだ。 「それじゃご褒美! うりゃうりゃうりゃうりゃ……」 「あっ、あっ、あっ、あっ……」 「……けだもの。」 その時、平坦で冷静な声が二人に浴びせ掛けられる。わたしはとっくに部室に入っていた。いちゃついていた二人の動きが止まる。顔が引き攣っている。わたしはそれ以上何も言わず、いつもの席に着くと、本を読み始めた。今日は『新明解国語辞典』。この辞書は、解説がユニーク。 『…………』 三人分の三点リーダが部室を支配する。 「こほん!」 ハルヒはぎこちなくみくるの胸から手を離すと、わざとらしく咳払いを一つした。 「あー、みくるちゃん! お茶お替りお願いっ!」 「は、はい!? ただいま!」 みくるは、服の乱れを直すのもそこそこに、慌ててお茶の用意をする。 「は、はい涼宮さん!」 「あ、ありがと!」 お茶を机に置くみくる。ハルヒの声は微妙に、みくるの声は明らかに、上ずっている。 「は、はい長門さん!」 わたしのそばにお茶が用意される。普段ならわたしは、少しだけ視線を上げて謝意を表明するが、この時は何もしなかった。したくなかったから。 先ほど、わたしは思わず声を掛けた。普段なら、何も言わず観測に徹していたはずなのに。なぜか、声を掛けずにはいられなかった。 人間の感情に例えると、それは『面白くない』というものだった。 わたしの好きな人同士が、乳繰り合っている光景。それが面白くなかった。なぜ? 答えは簡単に出た。理由は一つ。そこにわたしがいないから。わたしは『嫉妬』していた。 やがて『彼』と古泉一樹が部室に姿を現し、いつものように活動が始まった。しかし、完全に普段通りとはいかなかった。 ハルヒとみくるは、しきりに視線を交わしては、慌てて視線をそらしている。その度にわたしからは、『彼』の表現を借りれば『透明オーラ』が立ち上るような気がした。微妙に張り詰めた空気を察知して、男子二人も気が気ではない様子だった。 何となく気まずい空気に包まれながらの活動も終了し、皆は帰途につく。 わたしは、部室の整理をすると言って部室に残っていた。確かめたいことがあったから。 『団長』と書かれた三角錐が置かれた、ハルヒの席。そのそばに、丸めた紙くずが落ちていた。わたしは活動中から何となく気になっていたその紙くずを開いてみる。そしてわたしは硬直した。 『キョン……あたしの有希を取らないでよ!!』 人間に例えると、『頭が真っ白になった』という状態。わたしの情報処理機能が停止していた。 「有希……?」 その時ハルヒが入ってきた。声を掛けてくるまで気付かなかったとは。以前のわたしなら考えられない出来事。 「何見てんの……!? そ、それは!?」 わたしは未だに動けないでいる。 「な、何を……何を見てんの!!」 叫んで猛然とわたしに向かってくる彼女。ものすごい勢いでわたしから紙を奪い取る。 「何よ何よ何よ何よ!! 何(なん)で見てんの!!」 「あ……」 わたしは声すらもまともに出せない。 「わ、わたしは……不要なら捨てようと思って……大事なものでないか確認しようと……」 「うるさいっ!!」 彼女に突き飛ばされる。わたしはまともに本棚に叩き付けられた。何冊か本が落ちてくる。 「何(なん)で人の、プライバシーを覗いとぉ!」 【何(なん)で人の、プライバシーを覗いてんのよ!】 「違う……わたしはただ……」 その時、額に何か液体が垂れてきた。血。見る見る青ざめていく彼女の顔。『やってしまった』という表情。 「……信じて。」 「あ、あたしは悪くないんやからね! 有希が人の書いたものを勝手に見てたのが悪いんやから!!」 【あ、あたしは悪くないんだからね! 有希が人の書いたものを勝手に見てたのが悪いんだから!!】 彼女はそっぽを向いて……わたしが血を流している姿を見ないようにしながら言った。 「き、気分が悪いから帰る! ……あ、あんたも、保健室行っときや!」 【き、気分が悪いから帰る! ……あ、あんたも、保健室行っときなさいよ!】 そう言い捨てると彼女は、バツが悪そうに足早に立ち去った。彼女を怒らせてしまった。不手際。だが……なぜあの時わたしは、まともに行動できなかったのだろう。 彼女があれほど激昂したのは、この紙片が原因であることは間違いない。彼女が立ち去ってから、改めてその紙片を観察する。 そして、その紙片が落ちていた辺りに、他にも幾つか同じように丸めて捨ててある紙片を見付けた。今度は彼女がこの部室に近付いていないことを確認してから、他の紙片も確認する。 それには、『キョン』――『彼』や、わたし、みくる、一樹への、屈折した思いの丈が書き殴られていた。 思い当たることがある。 最近彼女は、Webサイトを閲覧しながら、時々紙に何かを書き付けていた。最初は、何か気に入った情報をメモしているように思われたが、それにしては様子がおかしかった。それを書いているときの彼女は、非常に不機嫌だった。その時に書いていたのが、これらの紙片だろう。こうすることで、彼女は自分のイライラを静めていたということか。 人間には、心の中に、他人には知られたくない、『触れられたくない』と考える情報が存在する。他人へ寄せる好意、悪意等も、そのような情報である場合が多い。ハルヒもそうなのだろう。そんな彼女の……最も他人に触れられたくない領域を、わたしは侵してしまったことになる。 「……うかつ。」 この不手際、どう埋め合わせをするか。重大な懸案事項を抱えてしまった。しかし、事はこれだけでは済まなかった。もっと重大な事態が発生したから。 その夜、小規模ながら、情報フレアが観測された。発生源は涼宮ハルヒ。今回は以前と違って、ごく限定的な範囲に圧縮した情報の奔流が見られた。以前は、ほぼ無秩序に世界を書き換えてしまう形での、文字通り『爆発』であった。 しかし今回は違う。限定的・選択的に情報を書き換えるという、高度に制御された情報操作。力の主は、力の使い方を無意識的にでも、『肌で感じている』のかもしれない。 わたしが部屋で一人、夜を過ごしている時のことだった。わたしは、彼女を怒らせてしまった不手際をどう埋め合わせするか検討していた。 そんな時、突如、わたしの肉体、ヒューマノイド・インターフェイスとしての有機情報連結体が、その形状を保てなくなった。瞬く間に、煌めく砂のような粒子になって崩れていくわたしの身体。それはいつかの、朝倉涼子の姿と同じだった。 わたしは、為す術もなく、空気に溶けていくわたしの身体を見ているしかなかった。……朝倉涼子は、どんな気持ちで、この光景を、自分の身体が崩れていく様子を見ていたのだろうか。 今回引き起こされた現象は、わたし――『長門有希』の消失。 『長門有希』は、消失した。個体としての特異性を失い、無個性な情報生命体として、涼宮ハルヒとその周辺に『漂って』いた。彼女達に働きかける手段を持たない、ただ観測するだけの存在。 情報統合思念体は、個体・長門有希の復元を試みたが、それは徒労に終わった。大きな力――涼宮ハルヒの意思が介在した。 『有希に会いたくない。』 その思いが、長門有希の再生を許可しなかった。 情報統合思念体は、長門有希が消失した現状を維持しながら、観測を継続することにした。長門有希の不在については、人間の意識に無理なく理解される形に情報が操作された。観測そのものは、他の端末や肉体を失った長門有希を通してでも可能。 しかし、涼宮ハルヒの中で、長門有希という個体に関する情報は、既に大きな領域を占有していた。よって、このまま長門有希を廃棄する事はできない。どのような影響があるか予測不可能。したがって、代替インターフェイスを配置する必要があると認められた。 この時点で、涼宮ハルヒはある人物を思い出していた。それは、『朝倉涼子』。 朝倉涼子は、元々は長門有希のバックアップとして、涼宮ハルヒと同じクラスに配置されたインターフェイス。しかし、異常動作による独断専行により、重要観測対象である通称『キョン』を殺害しようとした。そしてそれを阻むために行動した長門有希により、有機情報連結を解除されていた。 朝倉涼子の、インターフェイスとしての性能は、長門有希と遜色ない。そして、涼宮ハルヒの近くに配置しても問題が少ないという、数少ないインターフェイスでもある。 長門有希の再構成は未だ不可能。情報統合思念体は決定した。 長門有希の『バックアップ』、朝倉涼子を再構成し、長門有希の任務を代行させる。つまり、『バックアップ』としての役割を果たさせる。 ――再構成、パーソナルネーム朝倉涼子 ――辞令、長門有希任務代行 朝倉涼子 朝倉涼子が帰ってきた。涼宮ハルヒを観測する任務を帯びて。 「謹慎がようやく解けたと思ったら、ただの仮出所か……」 朝倉涼子の任務は、あくまで『長門有希任務代行』。長門有希が元に戻れば、涼子の任務は終了する。 「所詮わたしはバックアップかあ。長門さんが元に戻ったら、すぐにわたしは消えてしまうのよね。」 涼子は、情報統合思念体の自分に対する扱いに、やや不満を抱いていた。 「そういえば、前も再構成されて、結局同じことをして、また消されたっけ……扱い悪いなあ。」 復元された場所は、今はもぬけの殻となった、708号室。長門有希の部屋の中。 涼子は鏡を見る。自分が明らかに不満そうな表情を浮かべていることを視認する。彼女は両頬を軽く手で叩いた。 「ま、一端末があれこれ言っても仕方ないか。仕事仕事!」 すぐに表情を笑顔にする。彼女は優秀だった。 「涼宮さんに、長門さんにまた会いたいって思わせる必要があるわ。やっぱり、学校行くのが一番有効かな。」 久しぶりに元・1年5組の人たちにも会いたいしね、と涼子は準備に取り掛かる。情報操作。 「時間の流れを無視した記憶改変は危険、というのが、長門さんの暴走で得られた教訓。」 操作の範囲が広がる分、記憶の整合性に注意しつつ十分な時間範囲に改変を行うことは、極めて煩雑。しかも、そこまで行っても、涼宮ハルヒと彼女に近い人間には、違和感に気付かれる恐れがある。 涼子は最小限の改変で済むよう、注意深く改変箇所を選定した。 「……操作完了。やっぱりこうするのが一番合理的かな。……キョンくんは、わたしのことは信用してくれないだろうけど……」 『自業自得』と呼ぶには、彼女にも酌むべきところはある。彼女は任務に忠実だった。しかし事情は、殺害されかけたキョンにとっても同じであることを、彼女は理解していた。それはこれまでの観測による、人間心理の考察によるところも大きい。 彼女は優秀だった。 朝倉涼子は私服で北高に登校した。彼女は、転校先のカナダから一時帰国したことになっている。既に北高に籍はないので、授業には参加しない。本来なら校内への立ち入りも難しい。しかし、元・北高生で、急な転校であったこともあって、特例として校内への立ち入りと、一部授業の見学を許可された。 彼女は涼宮ハルヒとキョンがいるクラスの授業を中心に見学した。そのクラスは、元・1年5組の生徒が多かったこともあって、朝のHRから登場し、挨拶を行った。 「えー、今日はみんなに紹介する人がおる。このクラスは元・1年5組の者が多いから、覚えてる人もおるかもしれん。」 【えー、今日はみんなに紹介する人がいる。このクラスは元・1年5組の者が多いから、覚えてる人もいるかもしれん。】 そう言うと担任の岡部教諭は、廊下にいる人物に、教室への入室を促した。教室に彼女が入ってくる。 「おはようございます。初めての人は、はじめまして。覚えている人は、お久しぶり。去年、1年5組にいた、朝倉涼子です。父の仕事の都合で、カナダに転校しました。親族での用事なんかがあって、今は日本に一時帰国してます。それで、せっかくなので、北高に来させてもらいました。短い間ですが、よろしくお願いします。」 教室にどよめきが起こった。ハルヒは目を輝かせ、対照的にキョンは真っ青な顔をした。涼子は、彼らへの対応を最優先させる必要があった。 なお余談であるが、『見学』ではあるものの、設定上『英語』という言語を使用するカナダという国へ転校したことになっているので、英語の授業では、例文の朗読係として重宝された。 「うん、さすがは生の英語に触れてる人間の発音やな。完璧や。というか、正直、教師を超えてるな……」 【うん、さすがは生の英語に触れてる人間の発音だな。完璧だ。というか、正直、教師を超えてるな……】 「いえいえ、まだ一年ほどですから、そんなには……」 挨拶を行ったHR後、早速元・1年5組の女子に囲まれ、質問攻めに遭う涼子。その輪の中にいながら、彼女の接近を認めると、涼子は視線を彼女に向ける。 「久しぶりやね、朝倉。」 【久しぶりね、朝倉。】 「お久しぶり、涼宮さん。」 周りを囲んでいた女子達も、彼女達の会話に注目している。 「急に転校して、あの時はびっくりしたで。あの日すぐにあんたのマンション行ってみたんやけど、もう荷物とか何もなかったわ。えらい引っ越しの手際がええなー思(おも)てた。」 【急に転校して、あの時はびっくりしたわ。あの日すぐにあんたのマンションに行ってみたんだけど、もう荷物とか何もなかったわ。やけに引っ越しの手際が良いなーって思ってた。】 涼子は答える。 「詳しいことはよぉ知らへんけど、会社の方で何もかも手配済みやったらしくて、わたしが学校行ってる間に、片付けは終わってたみたい。わたしもびっくりやったわ。おかげでろくに挨拶もできひんで。みんなごめんな?」 【詳しいことはよく知らないけど、会社の方で何もかも手配済みだったらしくて、わたしが学校行ってる間に、片付けは終わってたみたい。わたしもびっくりだったわ。おかげでろくに挨拶もできなくて。みんなごめんね?】 涼子は周囲の女子達を見回しながら謝罪する。予鈴が鳴ると、涼子は職員室へ向かった。 校長室で校長への挨拶等をしたり、職員室の応接室で教師達と談笑したりするうちに、昼休みとなる。そろそろ昼食を、と思うと同時に、応接室の扉が勢い良く開いた。 「朝倉ー! 一緒にごはん食べよー!!」 涼宮ハルヒはやっぱり涼宮ハルヒだった。後ろには、ネクタイを掴まれて引きずり回されたであろうキョンの姿もあった。 彼女達は外のベンチに陣取った。キョンは弁当、ハルヒと涼子は学食から持ち出してきた。 「ここの学食の料理を食べるのも久しぶりやわあ。」 【ここの学食の料理を食べるのも久しぶりだわ。】 涼子はしみじみと感想を述べる。ハルヒが答えた。 「残念ながら、全然味は美味しくなってへんけどね。」 【残念ながら、全然味は美味しくなってないけどね。】 涼子は、にこにこしながら言った。 「それにしても、涼宮さん。しばらく見いひん間に、結構変わったね。」 【それにしても、涼宮さん。しばらく見ない間に、結構変わったわね。】 「何が?」 きょとんとした顔で、ハルヒは答える。 「クラスの人とも打ち解けてるみたいやし、何より、表情が変わったわ。」 【クラスの人とも打ち解けてるみたいだし、何より、表情が変わったわ。】 「そうかな? よぉ分からへんけど。」 【そうかな? よく分かんないけど。】 「変わった変わった。前はすごかったんやで? まるで『寄らば斬る』っていう雰囲気やってんから。『SOS団』、やったかな? 涼宮さんが作った部活。その活動が楽しいんかな?」 【変わった変わった。前はすごかったのよ? まるで『寄らば斬る』っていう雰囲気だったんだから。『SOS団』、だったかな? 涼宮さんが作った部活。その活動が楽しいのかな?】 「まあ、楽しくない言(ゆ)うたら嘘になるかな。」 【まあ、楽しくないって言ったら嘘になるかな。】 ハルヒは、学食から運んできた日替わり定食の唐揚げを食べながら答えた。 「ところで、キョンの様子が朝からずーっとおかしいねん。あんたの顔を見てから、急に顔色が真っ青になって、何聞いても上の空で。」 【ところで、キョンの様子が朝からずーっとおかしいのよ。あんたの顔を見てから、急に顔色が真っ青になって、何聞いても上の空で。】 それは間違いなく、涼子が原因。過去二回も、『彼』は涼子に殺害されかけている。そんな相手が目の前に現れたら、平静ではいられないだろう。 「何(なん)か心当たりある?」 「うーん、しばらくぶりに帰国した早々言われても……」 涼子は、困った顔をして答えた。もちろん理由については大いに心当たりがあるが、それを口にするわけにはいかない。 「あんたが転校する前に、キョンと何かあったとか?」 「えー、それはないと思うな。」 涼子はそう答えながらも、複雑な表情をしていることに、ハルヒは気付いていた。だが、その理由をこの場で問いただすことは何となく憚られたので、その点については触れないでおいた。 キョンは終始、憔悴しきった顔で無言を貫いていた。『彼』にはきちんと説明しなければならない。涼子はそう痛感した。『彼』の協力を得られなければ、任務は達成できない。 だが彼女が単独で、『彼』に接触して冷静に話を聞いてもらうことは、不可能に近い。『彼』にとって『朝倉涼子』は、完全に精神的外傷となっていた。 それに、ハルヒの周辺にいるのは、『彼』だけではない。朝比奈みくる、古泉一樹。未来人と超能力者の勢力からそれぞれ派遣された人員。彼らにも協力を要請する必要がある。 そのためには、まず派閥が違うとは言え、同類である宇宙人の勢力で話をつけておく必要がある。涼子は、別の派閥に属する対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイスに通信を試みる。 『派閥が違うのは重々承知の上で、お願いするわ。喜緑江美里。協力を要請します。』 『このままでは、うちの派閥にとっても、ひいては情報統合思念体にとってもまずいことになりそうなので、わたしもできる限り協力しますよ。』 『感謝します。』 宇宙人勢力の協力は取り付けた。次は人間勢の協力が必要。 だが、三人同時にハルヒから離すことは危険。ただでさえ彼女は今、『朝倉涼子』の登場で興奮状態にある。そして『長門有希』は今、そばにはいない。どんな反応をするか、正確に特定できない。 (これまでの観測データによると……古泉くんの協力が得られれば、根回しが自然にできる……ふむ。) まずは古泉一樹と朝比奈みくる。二大勢力の協力を取り付けよう。そう考えながら涼子は、素うどんを食べ終えた。午後は忙しくなる。適当に授業の見学名目でハルヒを観測しつつ、江美里と打ち合わせを行わなければならない。 ←Report.11|目次|Report.13→
https://w.atwiki.jp/genkiarg/pages/52.html
【黒猫探偵団機密資料/out of game】 excavation_report.pdf 平成23 年5 月9 日 発掘調査報告書 ナインクルーズイベント企画部発掘調査隊報告書第2集 01 目次 第Ⅰ章 調査の経緯…………………………………………………………………2 第Ⅱ章 遺跡の位置と環境…………………………………………………………3 第Ⅲ章 調査区の調査方法…………………………………………………………4 第Ⅳ章 検出遺物……………………………………………………………………5 1 縄文時代の遺物…………………………………………………………………5 第Ⅴ章 まとめ………………………………………………………………………9 02 第Ⅰ章 調査の経緯 みなかみ町湯原地区工事は、湯原地区のほぼ全域をレジャー施設建設用地とするため、 該当事業計画区画内に埋蔵文化財の存在を確認するための調査を実施した。 みなかみ町には矢瀬遺跡、梨の木平敷住居跡があり、 湯原地区西部の猿ケ京温泉には徳川埋蔵金伝説も残されている。 湯原地区周辺にも埋蔵文化財包蔵地の可能性が考慮されることから、発掘調査を実施することとなった。 03 第Ⅱ章 遺跡の位置と環境 今回発掘調査が実施され、かつ埋蔵文化財が発見されたのは湯原東の緩やかな斜面地帯である。 遺跡所在地は、斜面地帯の中にある平坦面上に位置している。 当遺跡周辺には、今まで発見されているものといて月夜野において矢瀬遺跡、梨の木平敷住居跡など、 縄文時代を語る遺跡が存在しており、このほかにも遺跡群の存在については可能性が指摘されていた。 今回湯原における埋蔵文化財の発見により、その可能性が真実であったことがわかり、 そのことが世間に発覚することで埋蔵文化財包蔵地であることが明確になることが明らかとなった。 写真1 調査区画 04 第Ⅲ章 調査区の調査方法 まず調査区について厚さ10~20cm の土を人力ではぎ取ったところ、土直下より土器を複数認めることができた。 この段階で調査区周辺に広がっていると判断し、さらに複数の調査区を設定し調査を行ったところ(※1)、 その場所でも土器の出土が認められたことから、大規模な遺跡群と判断し、 周辺地域全体を埋蔵文化財包蔵候補地として設定し、その一部において調査を実施した。 写真2 発掘前の該当区画 05 第Ⅳ章 検出遺物 1 縄文時代の遺物 (1)土器 ST1(写真3・4) 調査区画内で発掘された土器の破片。壷の側面部と思われる。表面には粘土で形作った模様がある。 表面にはガラス状の細かい粒子が見られる。 写真3 ST1 発掘時 06 写真4 ST1 表面 07 ST2(写真5・6) 調査区画内で発掘された土器の破片。壷の側面部と思われる。 表面には縄を押しあてて形成したと思われる跡が残っている。 ST1 同様、表面にガラス状の細かい粒子が見られることから、同地域の粘土から製作された可能性が高い。 写真4 ST2 発掘時 08 写真5 ST2 表面 09 第Ⅴ章 まとめ 発掘調査した区画からは、今回比較的小規模な調査にも関わらず、縄文時代の遺物が出土した。 湯原西部での別調査区画でも同年代の遺物が発見されていることから(※1)、 湯原地区全域に大規模な諸遺構があると考えられる。 今回の調査では調査は小規模に留める旨の通達を受けているため、 遺物が少数発見された段階で調査は終了となったが、 区画全体を発掘すれば、より多くの遺物、および遺構が発見されたであろうことは想像に難くない。 湯原で埋蔵文化財が発見されたことで、レジャー施設建設地として重大な問題が発生したと認めざるを得ない。 埋蔵文化財包蔵地であることを届け出した場合、調査・発掘のために計画が大幅に遅延することは明白である。 また、その範囲も、湯原全域に遺跡が分散していることが他報告書によって明らかになっているため、 工事地区を一部ずらせば対処できる問題の規模ではない。 以上のことから、計画遂行のためには今回の調査結果は関係省庁に届け出を出さず、 情報は全て処分し隠滅することが望ましい。 註 (1)別調査区画の報告書に関しては、別調査隊による報告書第1、第3集を参照のこと
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1231.html
Report.01 長門有希の流血 観測経過を報告する。 より正確に有機生命体の行動様態を把握するための試行の一環として、特定波形の音波(以下、『音声』という。)による意思疎通(以下、『会話』という。)の内容の表現を一部変更するようにとの要望が情報統合思念体からあったため、今回の報告では試験的に変更する。 まず、今回の要望の背景を説明する。 この惑星に生息する『人間』という有機生命体は、主に『言語』という、音声を用いた会話によって意思疎通を行うが、言語の種類は人間の生息する地域等により、複数の類型に分かれる。 本報告は、より正確に観測対象の行動様態を把握するために、観測対象である『涼宮ハルヒ』らが使用する『言語』(以下、『日本語』という。)を用いて記述している。しかし、同じ言語でも、使用される地域によって『方言』と呼ばれる差異が複数存在することが確認されている。 また、言語の多くには、『文字』と呼ばれる記号を用いて、本報告のように情報を記録する用途で使われる表現方法(以下、『書き言葉』という。)が通常の会話方法とは別に存在する場合もあり、日本語はその例に該当する。文字及び書き言葉の体系は、優勢な方言又は新たに作成した人工言語を元に整備されるため、その他の方言を再現し難い場合が多い。 以上により、言語による会話を記録する際には、情報の一部変質は免れない。これは、音声を文字に置換する過程(以下、『文章化』という。)で特に顕著である。 そこで情報統合思念体は、文章化の際に会話部分を可能な限り、元の音声を再現した形での報告を求めた。今回の報告は、その要望を受けて、当該方言の再現にはあまり適していない文章を使用して、元の音声会話を可能な限り再現し、記述しようとするものである。 情報伝達に支障を来さないよう、会話以外の部分は従前通りの表記とする。 なお、情報伝達に想定以上の齟齬が認められる場合は、別途、会話部分を従前通り表記した報告を行うものとする。 【追記】 その後、従前通り表記した報告を行ったところ、現地語表記と一般表記を併記した形での報告を求められた。現在の形は、併記した形の報告に差し替えたものである。 「アルー晴レータ日ーノコト~♪ んんーんんーんんーんんん~♪」 涼宮ハルヒが歌を口ずさみながら部室に入ってきた。普段の学生鞄(かばん)とは別に、大きな鞄を肩に掛けている。 「んっん~♪ みくるちゃんっ! 今日も相変わらず可愛いなぁ~♪」 【んっん~♪ みくるちゃんっ! 今日も相変わらず可愛いわね♪】 笑顔、『彼』の表現を借りると『100Wの笑顔』で朝比奈みくるにそう声を掛けながら、団長席に着く。 「おい、ハルヒ。今日はまた、えっらい御機嫌さんやな?」 【おい、ハルヒ。今日はまた、やけに御機嫌だな?】 『彼』、通称『キョン』は、眉を寄せながらそう問い掛けた。過去の情報を検索すれば、涼宮ハルヒがこのような表情をしているときは、彼女の発言を受けて必ず『彼』が東奔西走せざるを得ない状況が発生する。『彼』はそれを理解しているので、こんな表情をしている。この表情を『諦めた顔』というそうだ。 「んっふっふ~。今日はねぇ、みくるちゃんのために、ええモン用意してきたんや~。」 【んっふっふ~。今日はね、みくるちゃんのために、いい物を用意してきたのよ。】 余談になるが、涼宮ハルヒたちの観測を続けるうちに、少しずつだが、表情等を観察して過去の情報と照合すると、その人間の思考内容が予測できることが分かってきた。 その考察結果から今の涼宮ハルヒの思考を予測すると、『待ってました!』又は『よくぞ聞いてくれた!』である。 「最近、ず~っと同(おんな)じメイド服やったやろ? そろそろ新しいコスにいってみよかと思(おも)てん。とは言(ゆ)うても、今回は小物だけやねんけど。じゃじゃ~ん!」 【最近、ず~っと同じメイド服だったでしょ? そろそろ新しいコスにいってみようかと思ったの。とは言っても、今回は小物だけなんだけどね。じゃじゃ~ん!】 そう言って涼宮ハルヒは、学生鞄の中からそれを取り出した。ある哺乳類の耳を模したヘアバンド。 「ほほう、ある意味伝統と格式の、猫耳っちゅうわけですか。」 【ほほう、ある意味伝統と格式の、猫耳というわけですか。】 古泉一樹がいつもの微笑をたたえて言う。 「ちっちっち。まだまだ甘いなぁ、古泉くんは。よぉ見てみ? まぁ、耳だけやったら素人には分からへんか。用意したんは耳だけ違(ちゃ)うで、尻尾もセットや!」 【ちっちっち。まだまだ甘いなぁ、古泉くんは。よく見なさい? まぁ、耳だけじゃ素人には分かんないか。用意したのは耳だけじゃないわ、尻尾もセットよ!】 涼宮ハルヒは更に別の物を取り出した。とてもふさふさした哺乳類の尻尾。 「猫耳やったら、今日び、ガチの一般人でも知ってる人は多いやろ? そんなん、普通でおもんないやんか。まぁ、みくるちゃんやったら猫耳付けても似合うやろけど、せっかくやから違う耳を用意してん。」 【猫耳だったら、今日び、ガチの一般人でも知ってる人は多いでしょ? そんなの、普通で面白くないじゃない。まぁ、みくるちゃんなら猫耳付けても似合うでしょうけど、せっかくだから違う耳を用意したわ。】 「それは……アレか? うどんとかでおなじみの……」 『彼』が問う。 「そ。おっきな耳に、スマートでクールなフォルム。魅惑のふさふさ尻尾、狐セット~♪」 そう言うや否や、涼宮ハルヒは朝比奈みくるの狐耳と尻尾の装着に取り掛かる。 「あっ、あっ、あっ、そんな、無理やり頭飾り取らんとってぇ~、ああ~!? スカートの中に潜り込んだらあかん~ うわ!? ちょ、何(なん)ちゅうとこ触ってんのぉ、あへぁ、わっ、わっ……」 【あっ、あっ、あっ、そんな、無理やり頭飾り取らないでぇ~、ああ~!? スカートの中に潜り込んじゃダメぇ~うわ!? ちょ、何(なん)て所触ってんのぉ、あへぁ、わっ、わっ……】 朝比奈みくるの嬌声をBGMに、程なくして狐耳メイド(しっぽ付き)が出来上がる。 「よっしゃぁ♪ 思(おも)た通りめちゃめちゃ似合っとぉわぁ♪」 【できた♪ 思った通りめちゃ似合ってるわ♪】 「これはこれは……さすがは涼宮さんですなぁ。妙にそそられるモンがありまっせ。」 【これはこれは……さすがは涼宮さんですね。妙にそそられるものがありますよ。】 表情を変えずに古泉一樹は言う。わたしはまだ、古泉一樹の思考内容は全く予測できない。 「さぁ、写真撮りまくるで! キョン! 古泉くん! あんたらは助手や! 早(はよ)、照明やらセットしてや!」 【さぁ、写真撮りまくるわよ! キョン! 古泉くん! あんたたちは助手! さっさと照明とかセットしなさい!】 涼宮ハルヒは手際よく、大きな鞄から撮影機材を取り出していく。 「って、おい! デジタル一眼レフやら照明機材やら、そんな物(もん)どっから調達してきたんや!?」 【って、おい! デジタル一眼レフやら照明機材やら、そんな物どこから調達してきたんだ!?】 『彼』が目をむいて突っ込む。 「ああ、コレ? 気にしたら負けや♪」 【ああ、コレ? 気にしたら負けよ♪】 「……もぉええわ。」 【……好きにしろよ、もう。】 やれやれ、と『彼』は肩をすくめた。 わたしの記憶領域になぜか、涼宮ハルヒと『彼』が二人で『ありがと~ございました~!!』とお辞儀し、『以上、「涼宮ハルヒと愉快な仲間たち」のお二人でした~!!』という声を背に、舞台裏に下がっていく映像が展開された。このエラーの原因は不明。 撮影中の様子は、特筆する事項はない。涼宮ハルヒの心理状態は高原状態だったと書けば足りる。 一頻(ひとしき)り撮影を終えると、 「ん~、狐耳のメイドさんも、なかなかええモンやね。今度は尻尾がよぉ見えるように、尻尾を通す穴があるスカートを用意した方がええかな。ああ~、今回は眼鏡を用意してへんかったことがごっつ悔やまれるわ。」 【うーん、狐耳のメイドさんも、なかなかいいものね。今度は尻尾がよく見えるように、尻尾を通す穴があるスカートを用意した方がいいかな。ああ~、今回は眼鏡を用意してなかったことがすごく悔やまれるわ。】 朝比奈みくるに頬ずりしながら、涼宮ハルヒは言った。 「なかなか萌えの世界ってのは奥深いわ。」 (……まさか、新たな属性に目覚めたん違(ちゃ)うか!?) 《……まさか、新たな属性に目覚めたんじゃないのか!?》 『彼』はそう言っているかのような顔で涼宮ハルヒを見つめていた。 「そやなー。みくるちゃんだけやなくて、他の団員にも耳付けてみたいなぁ。」 【そうね。みくるちゃんだけじゃなくて、他の団員にも耳を付けてみたいわね。】 と言って、辺りを見渡す。 「有希には……うーん、やっぱり猫耳か。あたしは……何がええやろな?」 【有希には……うーん、やっぱり猫耳か。あたしは……何がいいかな?】 「……女豹(めひょう)とかな……ハルヒらしいわ……」 【……女豹(めひょう)とかな……ハルヒらしいぜ……】 『彼』がボソリと呟く。 「ん? 何(なん)か言(ゆ)うた?」 【ん?何(なん)か言った?】 「!? な、何(なん)も言(ゆ)うてへんぞ!!」 【!? な、何も言ってないぞ!!】 『彼』はよく、独白をうっかり声に出して言ってしまう。今回もそうだろう。 「みくるちゃんは狐もええけど、やっぱり兎やな! ほんで、古泉くんは……何となく狸!」 【みくるちゃんは狐もいいけど、やっぱり兎ね! それで、古泉くんは……何となく狸!】 最後に涼宮ハルヒは『彼』を見てこう言った。 「あんたは迷いようがないな。あまりにもぴったり過ぎて、逆につまらんくらいやわ。」 【あんたは迷いようがないわ。あまりにもぴったり過ぎて、逆につまんないくらいだわ。】 「何(なん)や、言(ゆ)うてみぃ。」 【何(なん)だ、言ってみろ。】 「あんたは犬に決まっとぉやろ。」 【あんたは犬に決まってるじゃない。】 「理由は?」 「何があっても尻尾振ってどこまでも御主人様に付いていく、忠実な僕! SOS団の雑用係、正にあんたそのものやんか! よし、これからあんたはSOS団団長であるあたしの忠犬な!」 【何があっても尻尾振ってどこまでも御主人様に付いて行く、忠実な僕! SOS団の雑用係、正にあんたそのものだわ! よし、これからあんたはSOS団団長であるあたしの忠犬ね!】 「何(なん)でやねんっ!!」 【何(なん)でそうなる!!】 『彼』の渾身のツッコミが涼宮ハルヒにヒットする。見事な形。『彼』のツッコミの腕は、これからも進化し続けるだろう。 「ん~、あんたには耳付けて、尻尾付けて……っと、忘れたらあかんな、首輪!」 【ん~、あんたには耳付けて、尻尾付けて……っと、忘れちゃだめね、首輪!】 「何(なん)やと!?」 【何(なん)だと!?】 「首輪付けて、リード付けて……今度の罰ゲームはそれに決まりやね!」 【首輪付けて、リード付けて……今度の罰ゲームはそれに決まりね!】 「はっはっは、なかなか言いえて妙ですなぁ。さすがは涼宮さんですわ。」 【はっはっは、なかなか言いえて妙ですね。さすがは涼宮さんです。】 「コルァ、古泉……あんまり調子乗っとったら、イわすぞ?」 【こら、古泉……あんまり調子乗ってると、殴るぞ?】 「おっと、冗談でんがな。はっはっは。」 【おっと、冗談ですよ。はっはっは。】 古泉一樹は普段通りの微笑で言う。 「フリスビー投げて、『そーら、キョン、取っといで!』とか言って遊んだり。あ、そうや! せっかくやから犬らしい名前で呼んだろか! ポチ、ポチ~」 【フリスビー投げて、『そーら、キョン、取っといで!』とか言って遊んだり。あ、そうだ! せっかくだから犬らしい名前で呼びましょ! ポチ、ポチ~】 「じゃかましぃわぃ、あほんだらっ!」 【えーい、やかましい!】 『彼』は憮然とした顔で言う。 「う~ん、何(なん)か、こう、しっくり来(こ)うへんなぁ? タマ……は猫やし……ペス、ペス~? んー、キョン、キョン、……ジョン……!! そや! ジョン! あんたにぴったりの名前はジョンや!」 【う~ん、何(なん)か、こう、しっくり来ないわね? タマ……は猫だし……ペス、ペス~? んー、キョン、キョン、……ジョン……!! そうよ! ジョン! あんたにぴったりの名前はジョンよ!】 ひくぴきぴき、と『彼』の顔が引きつった。 「ジョン、ジョン~。うん、何(なん)ていうか、あるべき所に収まったいう感じやな。ん? 何(なん)やろ、苗字まで思い浮かんだで? ジョン・スミス? 何(なん)やろ、この感覚……何(なん)ていうか、既定事項? みたいな……」 【ジョン、ジョン~。うん、何(なん)ていうか、あるべき所に収まったっていう感じね。ん?何(なん)だろ、苗字まで思い浮かんだわ? ジョン・スミス?何(なん)だろ、この感覚……何(なん)ていうか、既定事項? みたいな……】 「……それはお前の気のせいや……」 【……それはお前の気のせいだ……】 『彼』は震える声でやっと、搾り出すように言った。 「キョンくん? 顔色悪いけど、どしたん?」 【キョンくん? 顔色悪いけど、どうしたの?】 「……何゛でも゛あ゛り゛ま゛ぜん゛、朝゛比゛奈゛ざん゛」 どう見ても何かあります。本当にありがとうございました。 そんな一文が、わたしの記憶領域に展開された。 しかし、この後彼らは思わぬ角度から大混乱に陥ることになる。 『彼』が反応したのは、『ジョン・スミス』という単語。 これは今から四年前の時点へ、『彼』が時間移動して涼宮ハルヒと出会った時に名乗った名前。『彼』曰く、涼宮ハルヒに自分の能力を自覚させる『禁断の言葉』。もし涼宮ハルヒが自らの能力を自覚したら、どのような事態になるかは情報統合思念体でも予測が困難。その単語を涼宮ハルヒ自ら口にした。『彼』が驚愕するのも無理はない。 情報操作をすべきか、あるいは言語による操作、彼ら流に言うと『フォロー』をすべきか考え始めた時、異変が起きた。 わたしの記憶領域に、ある映像が展開される。 一戸建ての家、玄関の脇、犬耳を生やした『彼』が尻尾を振りながら『お座り』している。『彼』の前には小さな皿、『彼』の後ろには小さな犬小屋。皿と犬小屋には、それぞれ『ぢょんのえさ』『ぢょんのいえ』と書かれている。わたしは哺乳類の大腿骨の形を模したガムを手に持ち、『彼』に言う。 『ジョン、お手。』 『わん!』 『お回り。』 『わん、わん!』 『チンチン。』 『わおん!』 『……いい子、いい子。』 『くぅん。』 わたしの中に得体の知れない『何か』が湧き上がる。発生した理由は不明。最近わたしは、この『何か』を人間で言うところの『感情』ではないかと考えている。 今回の『何か』を人間の感情に近似して、合致するものはないか検索する。今回の『何か』は……『萌え』? そのような『妄想』に囚われること数秒。エラー。平常状態に復帰する。 気が付くと、わたし以外のSOS団全員の視線がわたしに集中していた。古泉一樹でさえ、驚愕の表情を浮かべている。もしわたしに表情を浮かべる機能があったなら、今の『妄想』のせいで、口に出すのも憚られるような『すごい顔』をしていたことだろう。でも、わたしにはその機能はないため、そんな心配はない。では、なぜ視線が? 「……な、な、な……」 朝比奈みくるが震えながら、わたしを指差している。涙目で。なぜ? 「……なに。」 と、わたしは問う。 『長門さん!』 「長門ー!」 「有希ー!」 わたし以外の四人の声が重なる。 『鼻血、鼻血――――!!』 その日から『ジョン・スミス』は、わたしにとっても禁じられた言葉(ワード)となった。 【対訳版:Extra.6 長門有希の対訳】 |目次|Report.02→
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1198.html
Report.01 長門有希の流血 観測経過を報告する。 より正確に有機生命体の行動様態を把握するための試行の一環として、特定波形の音波(以下、『音声』という。)による意思疎通(以下、『会話』という。)の内容の表現を一部変更するようにとの要望が情報統合思念体からあったため、今回の報告では試験的に変更する。 まず、今回の要望の背景を説明する。 この惑星に生息する『人間』という有機生命体は、主に『言語』という、音声を用いた会話によって意思疎通を行うが、言語の種類は人間の生息する地域等により、複数の類型に分かれる。 本報告は、より正確に観測対象の行動様態を把握するために、観測対象である『涼宮ハルヒ』らが使用する『言語』(以下、『日本語』という。)を用いて記述している。しかし、同じ言語でも、使用される地域によって『方言』と呼ばれる差異が複数存在することが確認されている。 また、言語の多くには、『文字』と呼ばれる記号を用いて、本報告のように情報を記録する用途で使われる表現方法(以下、『書き言葉』という。)が通常の会話方法とは別に存在する場合もあり、日本語はその例に該当する。文字及び書き言葉の体系は、優勢な方言又は新たに作成した人工言語を元に整備されるため、その他の方言を再現し難い場合が多い。 以上により、言語による会話を記録する際には、情報の一部変質は免れない。これは、音声を文字に置換する過程(以下、『文章化』という。)で特に顕著である。 そこで情報統合思念体は、文章化の際に会話部分を可能な限り、元の音声を再現した形での報告を求めた。今回の報告は、その要望を受けて、当該方言の再現にはあまり適していない文章を使用して、元の音声会話を可能な限り再現し、記述しようとするものである。 情報伝達に支障を来さないよう、会話以外の部分は従前通りの表記とする。 なお、情報伝達に想定以上の齟齬が認められる場合は、別途、会話部分を従前通り表記した報告を行うものとする。 【追記】 その後、従前通り表記した報告を行ったところ、現地語表記と一般表記を併記した形での報告を求められた。現在の形は、併記した形の報告に差し替えたものである。 「アルー晴レータ日ーノコト~♪ んんーんんーんんーんんん~♪」 涼宮ハルヒが歌を口ずさみながら部室に入ってきた。普段の学生鞄(かばん)とは別に、大きな鞄を肩に掛けている。 「んっん~♪ みくるちゃんっ! 今日も相変わらず可愛いなぁ~♪」 【んっん~♪ みくるちゃんっ! 今日も相変わらず可愛いわね♪】 笑顔、『彼』の表現を借りると『100Wの笑顔』で朝比奈みくるにそう声を掛けながら、団長席に着く。 「おい、ハルヒ。今日はまた、えっらい御機嫌さんやな?」 【おい、ハルヒ。今日はまた、やけに御機嫌だな?】 『彼』、通称『キョン』は、眉を寄せながらそう問い掛けた。過去の情報を検索すれば、涼宮ハルヒがこのような表情をしているときは、彼女の発言を受けて必ず『彼』が東奔西走せざるを得ない状況が発生する。『彼』はそれを理解しているので、こんな表情をしている。この表情を『諦めた顔』というそうだ。 「んっふっふ~。今日はねぇ、みくるちゃんのために、ええモン用意してきたんや~。」 【んっふっふ~。今日はね、みくるちゃんのために、いい物を用意してきたのよ。】 余談になるが、涼宮ハルヒたちの観測を続けるうちに、少しずつだが、表情等を観察して過去の情報と照合すると、その人間の思考内容が予測できることが分かってきた。 その考察結果から今の涼宮ハルヒの思考を予測すると、『待ってました!』又は『よくぞ聞いてくれた!』である。 「最近、ず~っと同(おんな)じメイド服やったやろ? そろそろ新しいコスにいってみよかと思(おも)てん。とは言うても、今回は小物だけやねんけど。じゃじゃ~ん!」 【最近、ず~っと同じメイド服だったでしょ? そろそろ新しいコスにいってみようかと思ったの。とは言っても、今回は小物だけなんだけどね。じゃじゃ~ん!】 そう言って涼宮ハルヒは、学生鞄の中からそれを取り出した。ある哺乳類の耳を模したヘアバンド。 「ほほう、ある意味伝統と格式の、猫耳っちゅうわけですか。」 【ほほう、ある意味伝統と格式の、猫耳というわけですか。】 古泉一樹がいつもの微笑をたたえて言う。 「ちっちっち。まだまだ甘いなぁ、古泉くんは。よぉ見てみ? まぁ、耳だけやったら素人には分からへんか。用意したんは耳だけ違(ちゃ)うで、尻尾もセットや!」 【ちっちっち。まだまだ甘いなぁ、古泉くんは。よく見なさい? まぁ、耳だけじゃ素人には分かんないか。用意したのは耳だけじゃないわ、尻尾もセットよ!】 涼宮ハルヒは更に別の物を取り出した。とてもふさふさした哺乳類の尻尾。 「猫耳やったら、今日び、ガチの一般人でも知ってる人は多いやろ? そんなん、普通でおもんないやんか。まぁ、みくるちゃんやったら猫耳付けても似合うやろけど、せっかくやから違う耳を用意してん。」 【猫耳だったら、今日び、ガチの一般人でも知ってる人は多いでしょ? そんなの、普通で面白くないじゃない。まぁ、みくるちゃんなら猫耳付けても似合うでしょうけど、せっかくだから違う耳を用意したわ。】 「それは……アレか? うどんとかでおなじみの……」 『彼』が問う。 「そ。おっきな耳に、スマートでクールなフォルム。魅惑のふさふさ尻尾、狐セット~♪」 そう言うや否や、涼宮ハルヒは朝比奈みくるの狐耳と尻尾の装着に取り掛かる。 「あっ、あっ、あっ、そんな、無理やり頭飾り取らんとってぇ~、ああ~!? スカートの中に潜り込んだらあかん~ うわ!? ちょ、何(なん)ちゅうとこ触ってんのぉ、あへぁ、わっ、わっ……」 【あっ、あっ、あっ、そんな、無理やり頭飾り取らないでぇ~、ああ~!? スカートの中に潜り込んじゃダメぇ~うわ!? ちょ、何(なん)て所触ってんのぉ、あへぁ、わっ、わっ……】 朝比奈みくるの嬌声をBGMに、程なくして狐耳メイド(しっぽ付き)が出来上がる。 「よっしゃぁ♪ 思(おも)た通りめちゃめちゃ似合っとぉわぁ♪」 【できた♪ 思った通りめちゃ似合ってるわ♪】 「これはこれは……さすがは涼宮さんですなぁ。妙にそそられるモンがありまっせ。」 【これはこれは……さすがは涼宮さんですね。妙にそそられるものがありますよ。】 表情を変えずに古泉一樹は言う。わたしはまだ、古泉一樹の思考内容は全く予測できない。 「さぁ、写真撮りまくるで! キョン! 古泉くん! あんたらは助手や! 早(はよ)、照明やらセットしてや!」 【さぁ、写真撮りまくるわよ! キョン! 古泉くん! あんたたちは助手! さっさと照明とかセットしなさい!】 涼宮ハルヒは手際よく、大きな鞄から撮影機材を取り出していく。 「って、おい! デジタル一眼レフやら照明機材やら、そんな物(もん)どっから調達してきたんや!?」 【って、おい! デジタル一眼レフやら照明機材やら、そんな物どこから調達してきたんだ!?】 『彼』が目をむいて突っ込む。 「ああ、コレ? 気にしたら負けや♪」 【ああ、コレ? 気にしたら負けよ♪】 「……もぉええわ。」 【……好きにしろよ、もう。】 やれやれ、と『彼』は肩をすくめた。 わたしの記憶領域になぜか、涼宮ハルヒと『彼』が二人で『ありがと~ございました~!!』とお辞儀し、『以上、「涼宮ハルヒと愉快な仲間たち」のお二人でした~!!』という声を背に、舞台裏に下がっていく映像が展開された。このエラーの原因は不明。 撮影中の様子は、特筆する事項はない。涼宮ハルヒの心理状態は高原状態だったと書けば足りる。一頻(ひとしき)り撮影を終えると、 「ん~、狐耳のメイドさんも、なかなかええモンやね。今度は尻尾がよぉ見えるように、尻尾を通す穴があるスカートを用意した方がええかな。ああ~、今回は眼鏡を用意してへんかったことがごっつ悔やまれるわ。」 【うーん、狐耳のメイドさんも、なかなかいいものね。今度は尻尾がよく見えるように、尻尾を通す穴があるスカートを用意した方がいいかな。ああ~、今回は眼鏡を用意してなかったことがすごく悔やまれるわ。】 朝比奈みくるに頬ずりしながら、涼宮ハルヒは言った。 「なかなか萌えの世界ってのは奥深いわ。」 (……まさか、新たな属性に目覚めたん違(ちゃ)うか!?) 《……まさか、新たな属性に目覚めたんじゃないのか!?》 『彼』はそう言っているかのような顔で涼宮ハルヒを見つめていた。 「そやなー。みくるちゃんだけやなくて、他の団員にも耳付けてみたいなぁ。」 【そうね。みくるちゃんだけじゃなくて、他の団員にも耳を付けてみたいわね。】 と言って、辺りを見渡す。 「有希には……うーん、やっぱり猫耳か。あたしは……何がええやろな?」 【有希には……うーん、やっぱり猫耳か。あたしは……何がいいかな?】 「……女豹(めひょう)とかな……ハルヒらしいわ……」 【……女豹(めひょう)とかな……ハルヒらしいぜ……】 『彼』がボソリと呟く。 「ん? 何(なん)か言(ゆ)うた?」 【ん? 何(なん)か言った?】 「!? な、何(なん)も言(ゆ)うてへんぞ!!」 【!? な、何も言ってないぞ!!】 『彼』はよく、独白をうっかり声に出して言ってしまう。今回もそうだろう。 「みくるちゃんは狐もええけど、やっぱり兎やな! ほんで、古泉くんは……何となく狸!」 【みくるちゃんは狐もいいけど、やっぱり兎ね! それで、古泉くんは……何となく狸!】 最後に涼宮ハルヒは『彼』を見てこう言った。 「あんたは迷いようがないな。あまりにもぴったり過ぎて、逆につまらんくらいやわ。」 【あんたは迷いようがないわ。あまりにもぴったり過ぎて、逆につまんないくらいだわ。】 「何(なん)や、言(ゆ)うてみぃ。」 【何(なん)だ、言ってみろ。】 「あんたは犬に決まっとぉやろ。」 【あんたは犬に決まってるじゃない。】 「理由は?」 「何があっても尻尾振ってどこまでも御主人様に付いていく、忠実な僕! SOS団の雑用係、正にあんたそのものやんか! よし、これからあんたはSOS団団長であるあたしの忠犬な!」 【何があっても尻尾振ってどこまでも御主人様に付いて行く、忠実な僕! SOS団の雑用係、正にあんたそのものだわ! よし、これからあんたはSOS団団長であるあたしの忠犬ね!】 「何(なん)でやねんっ!!」 【何(なん)でそうなる!!】 『彼』の渾身のツッコミが涼宮ハルヒにヒットする。見事な形。『彼』のツッコミの腕は、これからも進化し続けるだろう。 「ん~、あんたには耳付けて、尻尾付けて……っと、忘れたらあかんな、首輪!」 【ん~、あんたには耳付けて、尻尾付けて……っと、忘れちゃだめね、首輪!】 「何(なん)やと!?」 【何(なん)だと!?】 「首輪付けて、リード付けて……今度の罰ゲームはそれに決まりやね!」 【首輪付けて、リード付けて……今度の罰ゲームはそれに決まりね!】 「はっはっは、なかなか言いえて妙ですなぁ。さすがは涼宮さんですわ。」 【はっはっは、なかなか言いえて妙ですね。さすがは涼宮さんです。】 「コルァ、古泉……あんまり調子乗っとったら、イわすぞ?」 【こら、古泉……あんまり調子乗ってると、殴るぞ?】 「おっと、冗談でんがな。はっはっは。」 【おっと、冗談ですよ。はっはっは。】 古泉一樹は普段通りの微笑で言う。 「フリスビー投げて、『そーら、キョン、取っといで!』とか言って遊んだり。あ、そうや! せっかくやから犬らしい名前で呼んだろか! ポチ、ポチ~」 【フリスビー投げて、『そーら、キョン、取っといで!』とか言って遊んだり。あ、そうだ! せっかくだから犬らしい名前で呼びましょ! ポチ、ポチ~】 「じゃかましぃわぃ、あほんだらっ!」 【えーい、やかましい!】 『彼』は憮然とした顔で言う。 「う~ん、何(なん)か、こう、しっくり来(こ)うへんなぁ? タマ……は猫やし……ペス、ペス~? んー、キョン、キョン、……ジョン……!! そや! ジョン! あんたにぴったりの名前はジョンや!」 【う~ん、何(なん)か、こう、しっくり来ないわね? タマ……は猫だし……ペス、ペス~? んー、キョン、キョン、……ジョン……!! そうよ! ジョン! あんたにぴったりの名前はジョンよ!】 ひくぴきぴき、と『彼』の顔が引きつった。 「ジョン、ジョン~。うん、何(なん)ていうか、あるべき所に収まったいう感じやな。ん? 何(なん)やろ、苗字まで思い浮かんだで? ジョン・スミス? 何(なん)やろ、この感覚……何(なん)ていうか、既定事項? みたいな……」 【ジョン、ジョン~。うん、何(なん)ていうか、あるべき所に収まったっていう感じね。ん? 何(なん)だろ、苗字まで思い浮かんだわ? ジョン・スミス? 何(なん)だろ、この感覚……何(なん)ていうか、既定事項? みたいな……】 「……それはお前の気のせいや……」 【……それはお前の気のせいだ……】 『彼』は震える声でやっと、搾り出すように言った。 「キョンくん? 顔色悪いけど、どしたん?」 【キョンくん? 顔色悪いけど、どうしたの?】 「……何゛でも゛あ゛り゛ま゛ぜん゛、朝゛比゛奈゛ざん゛」 どう見ても何かあります。本当にありがとうございました。 そんな一文が、わたしの記憶領域に展開された。 しかし、この後彼らは思わぬ角度から大混乱に陥ることになる。 『彼』が反応したのは、『ジョン・スミス』という単語。 これは今から四年前の時点へ、『彼』が時間移動して涼宮ハルヒと出会った時に名乗った名前。『彼』曰く、涼宮ハルヒに自分の能力を自覚させる『禁断の言葉』。もし涼宮ハルヒが自らの能力を自覚したら、どのような事態になるかは情報統合思念体でも予測が困難。その単語を涼宮ハルヒ自ら口にした。『彼』が驚愕するのも無理はない。 情報操作をすべきか、あるいは言語による操作、彼ら流に言うと『フォロー』をすべきか考え始めた時、異変が起きた。 わたしの記憶領域に、ある映像が展開される。 一戸建ての家、玄関の脇、犬耳を生やした『彼』が尻尾を振りながら『お座り』している。『彼』の前には小さな皿、『彼』の後ろには小さな犬小屋。皿と犬小屋には、それぞれ『ぢょんのえさ』『ぢょんのいえ』と書かれている。わたしは哺乳類の大腿骨の形を模したガムを手に持ち、『彼』に言う。 『ジョン、お手。』 『わん!』 『お回り。』 『わん、わん!』 『チンチン。』 『わおん!』 『……いい子、いい子。』 『くぅん。』 わたしの中に得体の知れない『何か』が湧き上がる。発生した理由は不明。最近わたしは、この『何か』を人間で言うところの『感情』ではないかと考えている。 今回の『何か』を人間の感情に近似して、合致するものはないか検索する。今回の『何か』は……『萌え』? そのような『妄想』に囚われること数秒。エラー。平常状態に復帰する。 気が付くと、わたし以外のSOS団全員の視線がわたしに集中していた。古泉一樹でさえ、驚愕の表情を浮かべている。もしわたしに表情を浮かべる機能があったなら、今の『妄想』のせいで、口に出すのも憚られるような『すごい顔』をしていたことだろう。でも、わたしにはその機能はないため、そんな心配はない。では、なぜ視線が? 「……な、な、な……」 朝比奈みくるが震えながら、わたしを指差している。涙目で。なぜ? 「……なに。」 と、わたしは問う。 『長門さん!』 「長門ー!」 「有希ー!」 わたし以外の四人の声が重なる。 『鼻血、鼻血――――!!』 その日から『ジョン・スミス』は、わたしにとっても禁じられた言葉(ワード)となった。 【対訳版:Extra.6 長門有希の対訳】 |目次|Report.02→
https://w.atwiki.jp/dollbook_wiki/pages/613.html
カワイイ! かぎ針編み 刺しゅう糸で編む ちいさなキューピー人形のコスチュームBOOK 著者 [[]] 発行日 2021/4/30 発行所 日本ヴォーグ社 ISBN 978-4529070638 5cmキューピー、ハイハイキューピー ○コメント○ ~実際に作ってみての感想やその他この本の情報をお気軽にどうぞ 名前 コメント すべてのコメントを見る
https://w.atwiki.jp/dvga_eng/pages/26.html
to be continued